話題になったNHKスペシャルの美空ひばりAIによる新曲のタイトルが、「あれから」というものであったことに驚かされた。
なせならば、元の夫であった小林旭が10数年前にまったく同じタイトル曲を、シングルとして発表していたからである。
しかも小林旭の「あれから」は隠れた名曲として、知る人ぞ知る歌だったのだが…。
阿久悠が小林旭の楽曲を手がけたのは20数曲になるが、そのなかでも「あれから」にはかなりの手ごたえを感じていたという。
この歌については「ぼくは、あれからという気持ちで何か大切なものを見つけ出そう」として作ったとも述べていた。
エッセイ集「なぜか売れなかったが愛しい歌」のなかに、こんな文章が残されている。
小林旭の歌としては、「熱き心に」「旅空夜空」等につづいて書いた。歌にも大作と小品があって、「熱き心に」は」、まぎれもなく大作であるが、「あれから」はどちらかというと小品である。しかし、大作と小品は思い描かせるイメージの問題であって、作品の価値のことではない。
鈴木キサブロー作曲のこの歌は、少し古風な青年のロマンチシズムをたたえたいい歌で、ぼくは、しみじみと聴かせながら、ハートの心がポッポと温まってくる感じがよく、絶対にヒットすると思っていた。
少し古風な青年のロマンチシズムというからには、少年時代の「きみ」と「おれ」の過去と現在を思い起こして描いたのだろう。
だが2番の歌詞には、かつて愛した人をそっと懐かしんでいるようなシーンもある。
スター同士の世紀の結婚と騒がれた二人が、別居から離婚に至ったのは1964年のことだった。華やかな挙式からは1年足らずで破局が訪れていたのだ。
小林旭はその後、斜陽になった映画界から徐々にシフトせざるを得なくなり、1970年代後半に入ると「昔の名前で出ています」や「純子」のヒットによって、歌手としての活躍が主になっていく。
そして1985年には大瀧詠一が作曲した雄大なスケールの「熱き心に」が、テレビのコマーシャルに使われてヒットしたことから、歌謡界における存在感を揺るぎないものにした。
そのときに大瀧の希望で、初めて作詞を引き受けたのが阿久悠であった。
<参照コラム:小学生の頃から憧れていた小林旭のために、大瀧詠一が渾身の力を振り絞って作曲した「熱き心に」>
阿久悠は生まれ育った淡路島に住んでいた子供時代からすでに日本のスターだった、同じ年に生まれた天才歌手を意識するあまり、作詞の仕事を始めた時に、「美空ひばりで完成している種類の歌でないものを探そう」という決まりを自分のなかに設けた。
したがって直に会うことはもちろん、仕事の依頼がくることも避けるようにしていたという。1971年に「それでも私は生きている」を提供したが、それ以後は納得のいく楽曲を書くことができないまま、何年かが過ぎてしまった。
そのことを後悔し始めていた1970年代後半に、スポーツニッポンで連載されていた「実戦的作詞講座 美空ひばり篇」の中で、阿久悠は書き下ろしの歌詞を書き始める。
1977年の春には「肩」と「舟唄」、「母の想い出」を書いたが、5月に入ってからも「春夏秋冬」を発表した。
また書いてみたのである。
美空ひばりの歌う詞をである。
注文なしにこんなに書いたことはない。そして、あてなく詞を書いたこともない。
なぜか書きたいのである。
こうして最終的には「肩」「舟唄」「母の想い出」「春夏秋冬」「男と女・昭和篇」「野郎の唄」「少年」と、合わせて7編もの書き下ろし作品が残された。
しかしながらよほど縁がなかったせいなのか、「舟唄」は1979年になってから八代亜紀のシングルとしてレコード発売された。しかもそれがヒットして、彼女の代表曲になったのである。
それからしばらくして「熱き心に」がヒットしていた頃のことだが、美空ひばりと偶然に会った阿久悠は、冗談めかして「あちら様ばかりでなく、こちらにもいい歌を書いてくださいね」と、笑顔で言われたことがあったという。
しかしそれも叶わず、美空ひばりは1989年6月24日に逝去した。享年52。激動の昭和が終焉を迎えてからおよそ半年後であった。
そんな美空ひばりの歌声を最新のAIを使って復活させる試みが、「NHKスペシャル」によって行われたわけだが、書き下ろされた新曲のタイトルは「あれから」であった。
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▼出演
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畠山美由紀 with 高木大丈夫(ギター)
奇妙礼太郎 with 近藤康平(ライブペインティング)
タブレット純(司会と歌)
佐藤利明(司会と構成)
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