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「イギーみたいにして」というガールフレンドの一言で蘇ったジョニー・マーの中の『ロー・パワー』

2018.01.09

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1982年にジョニー・マーとモリッシーを中心にして結成されたザ・スミス。
彼らはわずか3度目のライヴにして、地元マンチェスターを代表するライヴハウス、ハシエンダのステージに立つこととなる。
しかしそのためには新曲を用意する必要があった。

ジョニーはすぐさま曲作りに取り掛かり、それが形になると録音するため、テープレコーダーを持っているモリッシーの家へと向かった。
ガールフレンドのアンジーが運転する車の中で、ジョニーは曲を忘れないように何度も繰り返し弾いていた。
するとアンジーが珍しく曲に注文をつけてきた。

「イギーみたいにして」
「え?」
「イギーみたいにしてよ」

僕はそれまでの歯切れ良いリズミックなアプローチではなく、さも『ロー・パワー』の曲にありそうなオープン・コードのリフに変えてみた。するとものの数秒ですごく良くなった気がした。(『ジョニー・マー自伝』より)


ジョニーがイギー・ポップの音楽に初めて触れたのは1977年、13歳の頃だ。
この年、初めてバンドを結成したジョニーは、キース・リチャーズやロリー・ギャラガーに影響を受けながら、自分らしいギターのスタイルを模索していた。
そしてオープン・コード、つまりは開放弦を利用したリフを研究しはじめた。指で押さえずに弾いた弦は他の弦を押さえているときも鳴り続けるので、アルペジオのような音の広がりを得ることができるのだ。
ある日、音楽仲間が集まっているところでオープン・コードのリフを弾いていると、バンドメンバーのビリーが尋ねてきた。

「それってジェイムズ・ウィリアムソン?」

自分なりに編み出したスタイルを誰かの真似事のように言われ、ジョニーは少しムッとしたが、それよりも初めて聞く名前に興味が湧いた。

「イギー&ザ・ストゥージズの『ロー・パワー』の中の曲に似てたんだ」

そのアルバムでギターを弾いているのが、ザ・ストゥージズのジェイムズ・ウィリアムソンとのことだった。

自分に似ているというそのギタリストが、いったいどんなプレイをするのか気になったジョニーは、早速レコードショップへと足を運んだ。
そして『ロー・パワー』を購入して家に帰り、レコードに針を下ろした。

家に着き、寝室のレコード・プレイヤーから流れる“サーチ・アンド・デストロイ”を初めて聴いた時の衝撃はすごかった。なぜ誰も僕に教えてくれなかったのだ?


2曲目の「ギミ・デンジャー」でジェイムズ・ウィリアムソンが弾いていたアコースティック・ギターは、ジョニーがやっていたのと同じアプローチだった。
それを聴いたジョニーは、自分の目指したサウンドが間違っていなかったことを確信する。

イギー&ザ・ストゥージズはなりたい僕の姿。そこへの道を『ロー・パワー』が明かりで照らしてくれたんだ。




その後ジョニーは、パティ・スミスやトーキング・ヘッズなど、様々なアーティストの音楽に触れ、自身のスタイルをさらに広げていった。
しかしそれは同時に、『ロー・パワー』のエッセンスが減っていくということでもあった。
そんなジョニーに、“『ロー・パワー』が照らした明かり”を呼び起こさせたのが、アンジーの「イギーみたいにしてよ」という言葉だった。

新曲は無事にモリッシーの家でテープレコーダーに録音され、数日後にはモリッシーが歌詞をつけて完成形となり、ザ・スミスのデビュー・シングルとして1983年にリリースされることとなる。

タイトルは“ハンド・イン・グローヴ”。
これまでの最高傑作。歌が放つスピリットはギターのスピリットと一緒。この曲こそが僕らであり、固い友情に支えられた献身と絆が形となった結果なのだ。
僕らの宣言であり、声明書。歌詞も完璧なら、曲も完璧。僕の人生も完璧だ。


開放弦を使ったフレーズはその後もザ・スミスの楽曲の中で度々用いられており、バンドのサウンドを構成する要素のひとつとなっている。
そういった意味では、「ハンド・イン・グローヴ」によってザ・スミスのサウンドは確立されたといっても過言ではないかもしれない。



引用元:
『ジョニー・マー自伝 ザ・スミスとギターと僕の音楽 』ジョニー・マー著/丸山京子訳(シンコーミュージック)


『ジョニー・マー自伝 ザ・スミスとギターと僕の音楽』( 単行本)
シンコーミュージック



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