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フェスの歴史を変えたと讃えられたザ・スミスのグラストンベリー・フェスティバル

2018.07.10

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マンチェスター発のロックバンド、ザ・スミスがファースト・アルバム『ザ・スミス』をリリースしたのは、1984年2月20日のことだ。
レコードは全英チャートで最高2位になったうえに、ロングセラーの大ヒットとなる。
彼らは一躍新しい時代を牽引する注目の新人バンドとなった。

そんな彼らのもとに、グラストンベリー・フェスティバルへの出演オファーがきたのは、当然の結果だった。
しかしメンバーのジョニー・マーは、この頃のフェスというものに対し、あまりいいイメージを持っていなかったと自伝で語っている。

僕らにしてみれば、フェスティヴァルはヒッピー時代の遺物。
地味で辺鄙な場所で年寄りたちが集まって、寒空の下、忘れ去られた過去のバンドに合わせて踊っている印象しかない。


ジョニーをはじめとするメンバーはあまり乗り気でなかったが、所属していたレーベル、ラフ・トレードの創設者であるジェフ・トラヴィスに説得され、渋々ながらメンバーは出演を了承した。

ザ・スミスの出番はフェス2日目にあたる6月23日だった。
会場に到着したメンバーは、寄り道せずに真っ直ぐ楽屋へと向かう。そしてフェスの雰囲気に飲み込まれないよう、外を出歩くのは控え、楽屋で自分たちの出番を待ち続けた。
この時点でも彼らは、フェスに対してある種の警戒心を抱いていた。

やがて出演時間となり、ステージへと上がった彼らの目に映ったのは、全体の半分程度しか人がいない客席だった。
この年のグラストンベリーは3つのステージがあったのだが、どうやら他のステージに客を持っていかれたようである。
そのうえ、客席にいる人達が必ずしもザ・スミスのファンというわけでもない。
それまで熱狂的なファンを目の前にしてライヴをしてきた彼らにとって、アウェイな環境なのは明らかだった。
客席との間に柵が置かれているのもこのときが初めてだったという。

しかしバンドはそんなことなどお構いなしに、勢いよく次々と曲を演奏していった。そして気がつけば、次々と人が集まりはじめた。

ところがここで、予想だにしないハプニングが起こる。
ファンのひとりが柵を乗り越え、ステージに上がろうとしたのだ。
警備員は慌ててそれを阻止しようとしたが、ジョニー・マーはそのファンを好ましく思ったという。

僕はその子のずる賢さはむしろ讃えるべきだと思ったので、間に割り込み、彼を助け上げた。


ザ・スミスというバンド名は、イギリスで最もありふれた姓から付けられたものだ。日本でいうところの「鈴木」や「佐藤」といったところだろう。
そこには自分たちが特別な人間、スターなどではなく、ごく普通のありふれた人間だという意味が込められている。
ファンとの間に壁を作ることを嫌い、同じ目線、同じ舞台で音楽を共有したいと願う彼らにとって、柵を乗り越えてきた青年は歓迎すべき存在だったのである。

ファンの一人がステージに迎え入れられたのを見るやいなや、他のファンも次々とステージを目指して柵を乗り越えはじめた。

いつしかステージの上はバンドと一緒になって踊り狂う客で溢れ返っていた。
演奏を終え、ステージを降りる僕らは、間違いなくグラストンベリーに爪痕を残した。


混沌としたステージを楽しんだザ・スミスのメンバーだったが、本当の災難はそのあとにやってきた。
警備員やフェスのスタッフが、メンバーを捕まえようと近づいてきたのだ。
フェスの秩序を守るのが役目である彼らにとって、ステージに観客が上がるなど持ってのほかであり、面目を潰されたとしてメンバーに報復しようとしたのである。

メンバーは急いで会場から去ろうと駐車場へと向かったのだが、そこにあったのはタイヤを刃物でズタズタに切られたバンドの車だった。
幸いにもバンドのスタッフの車が無事だったため、その車に乗って会場を去り、メンバーは難を逃れたのである。

当時のメディアは、ザ・スミスをグラストンベリーに混乱をもたらした存在として取り上げたようだが、今ではグラストンベリー・フェスティバルのハイライトのひとつとして賞賛されている。

ずっと後になってからのことだが、メディアは口を揃えてこう言った。
グラストンベリーでのザ・スミスのセットはフェスティヴァルの歴史そのものを変えた、新たな時代へと導くターニング・ポイントだった、と。
たとえそれが正しいのだとしてもそれはまったくの偶然だ。いずれにせよどういたしまして。お役に立てたなら、嬉しいよ。




引用元:
『ジョニー・マー自伝 ザ・スミスとギターと僕の音楽 』ジョニー・マー著/丸山京子訳(シンコーミュージック)

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