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ベニー・グッドマンを偲んで〜アメリカ音楽史上初めて黒人と白人を同じバンドで演奏させたスウィングジャズの立役者〜

2016.06.13

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作家の村上春樹は著書の中でベニー・グッドマンについてこんな風に綴っている。

肌の色なんかよりは、その時代その時代の優れたミュージシャンをリクルートし、新しい息吹を迎え入れ、自分の楽団を常に第一線の刺激的な存在にしておくことがグッドマンにとって最優先事項だった。
楽器から出てくる音さえ素晴らしいものであれば、そしてそれがご機嫌にスイングさえすれば、彼は半魚人だって雇ったかもしれない。

<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>


それは今からちょうど30年前の訃報だった。
1986年6月13日に“スウィングの王様”と呼ばれた男が心臓発作によりニューヨークの自宅で静かに息を引き取った。
この世を去った。享年77。
彼の名はベニー・グッドマン。
1935年から1940年代半ばにかけての約10年間、アメリカの大衆を熱狂させたスウィングジャズのムーブメントをけん引した人物である。
29歳にして「クラシック音楽の殿堂」と称されてきた名門カーネギーホールで初のジャズコンサートを行った伝説のジャズメンとしても広く知られている。


1930年代当時のアメリカでは、ジムクロウ法による人種隔離政策をとる南部ではもちろん、ニューヨークなどの北部でも白人と黒人が同じバンドで演奏をすることはなかった。
縫製職人の家の九男としてシカゴに生まれ、貧しいロシア系ユダヤ移民の家庭で育ったベニー・グッドマンは、それまでの人種差別が“あたりまえ”とされてきたアメリカの悪しき習慣を打ち破り、黒人のドラマーやギタリストを採用して自分のバンドで一緒に演奏した。
それは野球のメジャーリーグに初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンが登場する10年以上も前のことで、彼の勇気ある行動と演奏ポリシーは実に画期的なものだった。



スウィングジャズには二人の立役者がいたと言われている。
一人はクラリネット奏者でありビッグバンドを率いたベニー・グッドマン。
もう一人はトランペッターでありヴォーカリスト、そして作曲家として活躍したルイ・プリマである。
ベニー・グッドマンの代表曲としても知られるスウィングジャズの名曲「Sing, Sing, Sing」は、このルイ・プリマの手によって書かれた楽曲なのだ。


ルイ・プリマがスウィングジャズを世に知らしめた人なら、ベニー・グッドマンはそれを完成させた人物と言えるだろう。
ベニー・グッドマンはジャズの即興性と、計算された音の組み立てを同時に追求し、それを見事にまとめあげてみせた。
大衆が求めている“楽しさ・わかりやすさ”を盛り込んだ彼のアレンジは実に洗練されたものだった。
スウィングジャズ──そのゴージャスかつスマートな音楽は、アメリカの大恐慌時代から立ち直る時期や、終戦後の戦勝気分の人々の高揚感とシンクロしていたと言われている。

10歳のときクラリネットを手にして以来、彼は常に新しいサウンドを求めて挑戦し続けた。
そんな彼が1938年にカーネギーホールで史上初のジャズコンサートを開くまでの半生を映画化した『ベニー・グッドマン物語』(1956年公開)では、その“音楽愛”に満ちた人生がドラマティックに描かれている。


『ベニー・グッドマン物語』DVD

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(2012/ジェネオン・ユニバーサル)

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