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ルイ・プリマを偲んで〜スウィングジャズの代名詞「Sing Sing Sing」を生んだ稀代のエンターテイナー

2026.08.23

1978年8月24日、スウィング・ジャズのパイオニア的存在だったルイ・プリマがニューオーリンズの病院のベッドで息を引き取った。享年67。

スウィング・ジャズには「王様」と呼ばれた二人の男がいた。一人はクラリネット奏者でありビッグバンドを率いたベニー・グッドマン。もう一人はトランペッターでありヴォーカリスト、そして作曲家として活躍したルイ・プリマ。

スウィング・ジャズの代名詞とも言われ、ベニー・グッドマンのレパートリーとしても広く知られる「Sing, Sing, Sing」は、ルイの手によって書かれた楽曲なのだ。

この「Sing, Sing, Sing」は、ニューオーリンズ・ ギャング(ルイ・プリマのバンド)の演奏よって、1936年2月28日にブランズウィック・レコードから発表されたのが初出である。

ブランズウィック・レコードと言えば、創業された1920年代に電気蓄音機を開発したレコードレーベルで、もともとボウリングなどの娯楽商品を扱うメーカーだった。レコードがまだSP盤の時代から音楽事業に参入しており、デッカ(後のMCA)の配給を得て、ビング・クロスビーなどのトップスターを輩出した名門レーベルとしても知られている。

同曲のヒットによって、ルイの人生は大きな転機を迎えることとなる。

1910年12月7日、ルイジアナ州ニューオーリンズで生まれる。両親はイタリアのシチリア出身の移民で、母親はクラブ歌手だった。親の勧めで7歳の時からヴァイオリンを学んでいたが、本人は野球好きの少年だったため、あまり練習に身が入らなかった。しかし、生まれ育った場所がニューオーリンズだったため、日常の中でジャズに親しむようになり、13歳の時にはトランペットを手にして兄のバンドで演奏するようになった。

23歳の時、自身のバンドであるニューオーリンズ・ギャングを結成。1934年にはニューヨークに行き、耳の肥えたジャズファンが集まるクラブで定期的にステージ活動を始める。1936年、25歳の時に自身が作曲した「Sing, Sing, Sing」がヒット。これを転機に一躍人気者となり、多くのファンを魅了するようになる。

同郷出身で9歳年上だったルイ・アームストロングからトランペットのテクニックやスキャット歌唱を学び、ジャンプブルースやR&Bを貪欲に取り入れ、さらにイタリア人のノリの良さを加えた大胆なパフォーマンスで華々しいキャリアを重ねていく。

1948年、当時まだ12歳だったキーリー・スミスの歌声に惚れ込み、自分のバンドの専属歌手にスカウトする。そして1952年、16歳になったキーリーと結婚。その後、キーリーとはデュオ活動も行うようになる。当時41歳のルイにとって4度目の結婚だったが、1961年に離婚した。
1950年代にはラスベガスのショーで成功を納め、1960年代にはディズニー映画『ジャングル・ブック』の声優(オランウータン役)に抜擢されるなど、一流のエンターテイナーとして活躍の場を広げた。

また、1985年にデヴィッド・リー・ロスが「Just A Gigolo / I Ain’t Got Nobody」をオリジナルバージョンに忠実にカヴァーしたことで彼に再び脚光を集る。近年では「Jump, Jive and Wail」をブライアン・セッツァー・オーケストラがカヴァーしたことで、幅広い層の音楽ファンに彼の魅力と功績が再評価された。

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