それは1964年のことだった。皇居脇にあった日比谷の三信ビル1階に、洒落たハンドバックなどのファッション小物やアクセサリー、輸入雑貨類など売ってるショップがあった。
その店には海外へ商品を買い付けに行った時に、ついでに購入してきたような輸入レコードが置いてあるコーナーがあった。
偶然に出会ったビートルズのアメリカ盤レコード『ミート・ザ・ビートルズ』を見て、かまやつひろしはハッとしたという。
彼らのビジュアル、伝わってくる雰囲気、すべてひっくるめて、あのグリニッジ・ヴィレッジの空気と同じだった。まだ日本では無名だったビートルズだが、僕はジャケットを見ただけで、彼らを一瞬にして理解した。「これだ!」そう直感した。
かまやつひろしは1962年3月、ハワイで日系人の店がオープンするに当たってハコバンの仕事が入った時、3週間の仕事が終わってもハワイにとどまり、ロサンゼルスに住む親戚を頼ってアメリカに渡ってから半年間ほど滞在していたことがあった。
その頃のニューヨークはグリニッジ・ヴィレッジでビートニク詩人のアレン・ギンズバーグや、デビューしたばかりのボブ・ディランなどが人気を集めて街全体が熱気にあふれていた。
長い髪に黒いタートルネックのセーターを着た風変わりな黒ずくめの集団が、新しい時代の空気をかもし出していたのを実際に体験した。そこから何かのムーブメントが起こりつつあるのを、旅行者ながらも肌で感じていたのだ。
迷うことなく『ミート・ザ・ビートルズ』を買って家に帰ると、何度も何度も繰り返し聴くことになった。特に気に入ったのが2曲目、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」だった。
カントリーを始めとするアメリカの音楽は乾いた響きがするが、ビートルズが全体に紗がかかったような、ファンタジックな音だった。その時、僕には近未来が見えたと思った。次に来るもののフックを捕まえたという確信があった。震える位の感動だった。
その感動と確信を伝えるべきだと思い浮かんだのは、ゲスト・ヴォーカルとして参加していたバンド、ザ・スパイダースのリーダー田辺昭知だった。
「ビートルズっていうバンドがあるんだ。こういうのやろうぜ」と呼びかけると、それからは毎日のようにスパイダースのメンバーが家に集まってきた。
それまでのロカビリーやジャズといった音楽と、ビートルズのサウンドは全く別物に感じられた。1枚のレコードしか教材がなかったので、毎日みんなでそれを聴いて演奏の秘密を探った。
ビートルズのレコーディングでは録音したテープを、後で半拍分だけ切り取って編集したりするなど、ときにはトリッキーと思われる加工がなされていた。そういうことを体で感じ取って、耳でレコードを聴いて、ビート感覚を自分たちのものにしていった。
イギリスのバンドの多くはルーツとなったブルースや、ロックンロールを積極的にカヴァーしていた。スパイダースもまた、チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」などを演奏するようになる。
どうすればビートにうまく乗れるのか、それを解明しようといろいろ試しているうちに、全員がエイト・ビートで弾いたり叩いたりするのではなく、ギターとベースはエイト・ビートでも、ドラムがシャッフル・ビートで叩けば、ヴァーカルとバンド全体が前へ前へと突っ込んでいけることを発見した。
1965年2月から半年間だけ、日本テレビで「エド・サリヴァン・ショー」がオンエアされた。
ぼくの家のテレビで、スパイダースのみんなと一緒に、ビートルズの出演する「エド・サリバン・ショー」を観たときのことも忘れられない。ブラウン管を通してとはいえ、初めて見るビートルズのライブに、感激はひとしおだった。スパイダースのメンバーもビートルズに夢中になった。100%彼らを真似しようというわけで、七人で本格的なボーカル・インストルメンタル・グループに編成しなおすことになった。
こうして1961年に、田辺昭知によって歌手のバック・ミュージシャンとして結成された「ザ・スパイダース」は、かまやつひろしが1965年から正式メンバーになり、GSブームを牽引して黄金期を迎えることになる。
ヴォーカルとリズムギターを担当しながら、かまやつひろしは田辺昭知に言われてオリジナル曲に挑戦し、作詞作曲を手がけ始める。
そして自分たちで作った楽曲を自分たちで演奏して歌うという、グループ・サウンズの起源とされている「フリフリ」が発表されたのは1965年の10月で、『ミート・ザ・ビートルズ』に出会ってから1年半後のことだった。
かまやつひろしは「フリフリ」に続いて、1966年には「ノー・ノー・ボーイ」(作詞・田辺昭知)と「バン・バン・バン」を書いて、そこから半世紀にわたってシンガー・ソングライターとして活躍していくことになる。
(参考文献)かまやつひろしの発言は、ムッシュかまやつ著「ムッシュ! 」文春文庫からの引用です。
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