憂歌団の「胸が痛い」は1989年に発売されたアルバム『BIG TOWN, SMALL HANDS』に収められていたもののほか、ヴァージョンを変えてリテイクされたシングルでも発売になった。
1970年に大阪で結成されたブルース・バンドの憂歌団にあって、「胸が痛い」はどちらかといえば新しいレパートリーに入るだろう。
「胸が痛い 胸が痛い」と繰り返されるサビは哀切きわまりない。
このうえもない真っ直ぐな日本のブルースとして、熱心なファンの間ではよく知られた楽曲だった。
作詞したのは関西弁の「悲しい色やねん」を上田正樹に書き下ろして、大ヒットさせた康珍化である。
彼は1988年10月21日に発売されたアルバム『BLUE’S憂歌団』でも、プロデューサーを務めていた。

そして『天使のダミ声』との異名を持つ木村は、その歌い方から佇まいにいたるまで、存在そのものが唯一無比の大阪が生んだブルースマンである。
同じ高校の同級生だった二人は、生ギター2本でクリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」を弾いて歌っていたが、そのときは内田がヴォーカルだったという。
その頃のことについては、こちらのコラムに詳しく述べられている。
〈参照コラム〉”大ヒット間違いなし!”~憂歌団の日本語のブルースが始まった
時間をさかのぼって振り返ると、1996年10月から2001年3月まで続いた伝説の音楽バラエティ番組、フジテレビ系列の『LOVE LOVE あいしてる』でウルフルズが出演したとき、トータス松本がうたって評判になったことがあった。
そこでは憂歌団の内田勘太郎もゲストで共演し、名人芸とも呼ばれるブルースギターを披露していた。

また今年に入ってからはロックバンドBRAHMAN(ブラフマン)のヴォーカリスト、TOSHI-LOW(トシロウ )とギタリストのKOHKI(コーキ)に加えて、パーカッショニストの斎藤ノブ、そして憂歌団の内田によるアンプラグドの演奏がYOUTUBEに公開中だ。
この動画ではTOSHI-LOWもヴォーカルとともに、あざやかな内田のボトルネック奏法が堪能できる。

(C)Tsukasa Miyoshi (Showcase)







