ウェストハリウッドにあるトルバドゥールは、70年代のカリフォルニア・サウンドの発祥地とも言える。その重要人物の大半が、このクラブに入り浸っていたからだ。
「トルバドゥールはカフェ・ソサエティみたいだった。あそこでみんなが会って、お互いの歌を聴いた。私の音楽上の付き合いはすべてあそこで生まれたし、自分が追求したかった音楽スタイルに共鳴してくれる人たちを見つけたのもあそこなの」
とリンダ・ロンシュタットは振り返る。
「ある晩のことを覚えている。シャイロというバンドが〈Silver Threads and Golden Needles/銀の糸と金の針〉を私のヴァージョンそっくりに演奏し始めたの。びっくり仰天したわ」
シャイロは70年6月にテキサスからやってきた。メンバーのドン・ヘンリーがLAで真っ先に訪ねた場所はやはりトルバドゥール。裸足のリンダの姿をよく覚えているという。
リンダは同年のアルバム『Silk Purse』を嫌っていた。
「ナッシュヴィルで録音したんだけど、私はカントリー歌手じゃない。私は間違いなくとてもカリフォルニア的な音楽をやっている」
だが、当時はまだカリフォルニアの音楽とはビーチボーイズを意味し、70年代に人気を博するカリフォルニア・サウンドは形成途上だった。彼女には自分の目指す音楽を理解する仲間が必要だった。そこでプロデューサーのジョン・ボイランはリンダにふさわしいバンドのメンバーを集めるが、遠くを探す必要はなかった。
トルバドゥールにたむろする連中から、まずグレン・フライに声をかける。彼はJ.D.サウザーとのデュオ・アルバムが不発に終わっていたので、ツアーの仕事に飛びついた。そしてグレンはトルバドゥールのバーで顔をよく合わせていたドンを誘う。
この2人にランディ・マイズナーとバーニー・レドンが加わり、イーグルスとなるが、リンダのバンドで4人全員が揃ったのは、実のところ71年7月のディズニーランド出演の1回きりだった。ただ、リンダの仕事を通して深まったグレンとドンの友情が、新バンドの基盤となったのだ。
また、その半年ほどのツアーで、リンダは自分のセットの途中で時々グレンに自作曲を歌わせた。両者と非常に親しいサウザーに言わせると、彼女のそんな寛大な行為こそが、イーグルスの本当の始まりなのである。
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