「リンダがジョニーとリハーサルをしていたの。見ていたジューンは彼女がノーパンだと気づき、楽屋にもどってきてこう言ったわ。“誰かブルマーを買ってきて! リンダが夫に見せびらかしてる!”下着をはけと言われたリンダは、“はかないほうが歌えるわ!”と腹を立てたわ。だけど“夫の前ではダメ!”とジューンにキツく言われて、ようやくはいたの」
『ジョニー・キャッシュTVショー』のヘアスタイリストを担当していたペニー・レイン氏は、こう証言している。それは1969年の6月に放映されたTV番組の収録中で起きた事件だった。
当時ジョニー・キャッシュ(37歳)は、二人目の妻ジューン・カーター(39歳)と結ばれたばかりで、まさに“新婚ホヤホヤ”の身。その日、司会のジョニー・キャッシュがゲストとして迎えたのは、22歳でソロデビューを果たしたばかりのリンダ・ロンシュタット。
そこで二人はカーター・ファミリーの「I Never Will Marry」という、切なくも美しいカントリーバラードをデュエットした。愛する人に先立たれた女性が深い海に身を投じる、という内容の歌だ。
タイトなミニワンピースでジョニーに寄り添い、瞳を見つめながら歌うリンダ。ジョニーがいつもより上機嫌だったことは誰の目から見ても明らかだった。彼女はこの共演をきっかけに、数年に渡りジョニーの刑務所慰問コンサートに参加した。
70年代に入り、リンダは、“もうひとりのイーグルス”と呼ばれた男J.D.サウザーと恋愛関係にありながら、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとも浮き名を流したこともある。
しかし、ミックとは噂だけで、「良き友人だったけど、ロマンスは一度もなかった」と、後に本人がはっきりと否定している。ジョニー・キャッシュとのロマンスに関しては、ジューンの怒りを恐れてか、今も本人から語られる事はない。彼女の“魔法”は、カリフォルニア州知事ジェリー・ブラウンから映画監督ジョージ・ルーカスにまでに及んだ。
“恋多き女”のイメージを持たれながらも、その一方で養子を2人も迎えて子育ても経験した。素顔のリンダは“ノーパンの魔女”とは程遠い、家庭的な女性だったのだ。
2011年、65歳になったリンダは引退を表明。「もう私の歌を聴いてもらう価値がなくなってしまったの」と、短いコメントを残して。
そして、今も独身のままでいるという。あの日、ジョニーと歌った曲が何かの予言か運命だったかのように。
*このコラムは2013年8月に公開されました。
<解説>
当時ジョニー・キャッシュ(37歳)
1969年、ジョニー・キャッシュはカントリー音楽界の大御所カーター・ファミリーのメイベル・カーターの次女を妻に迎え、仕事では初のグラミー賞を受賞し、さらにはTVで冠番組をスタートさせ、見事シーンに返り咲いた順風満帆の時期だった。
数年に渡りジョニーの刑務所慰問コンサートに参加した
70年代初頭、リンダはナッシュビルにあるテネシー刑務所で行われたコンサートで、自身のデビュー当時にバックバンドを務めたイーグルスの名曲「Desperado(ならず者)」を囚人達に捧げた。同曲はジョニー・キャッシュも晩年にレコーディングし、素晴らしいテイクを残している。

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