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バラードの傑作「メモリー・モーテル」が埋もれていたアルバム『ブラック・アンド・ブルー』

2019.03.29

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現在はローリング・ストーンズのメンバーになっているロン・ウッドが、オーディションも兼ねていたレコーディングに参加したことを期に、後に正式にメンバー入りしたアルバムが1976年4月に発売された『BLACK & BLUE』だ。
そのなかに収められた「メモリー・モーテル」は7分8秒もある長い曲だが、ストーンズにしか生み出すことができないタイプの楽曲という意味で、これ以上はないバラードの傑作である。

しかしこの作品はアルバムが世に出た1976年から20年近くにわたって、なぜか「知る人ぞ知る」という扱いにとどまっていた。

それはイギリスのロック・ジャーナリストたちから、”『BLACK & BLUE』はまるでオールディーズだ”という批判を受けて、マスコミから低い評価しか得られなかったことも、理由のひとつにあげられるだろう。

当時のイギリスはパンクムーブメントが始まる前夜で、すでに名を遂げた大物アーティストの作品は、「世の中の流れから取り残された過去のサウンドだ」という、暗黙の批判にさらされつつあったのだ。
アメリカでも影響力の強いローリング・ストーン誌で、こちらは内容面でかなり厳しいレビューになった。



イギリスの音楽週刊誌「サウンズ」の記者だったジョン・イングハイムは、アルバムのリリース後に行われた「Tour of Europe ’76」に同行を許されて、1976年4月28日に西ドイツのフランクフルト公演を観た後でキースの取材を行っている。

部屋でコカインとマリファナを吸いながら取材に応じていたキースに向かって、ジャンは思い切ってこんな質問を投げかけたという。

「ロンドンにセックス・ピストルズというバンドがいて、ストーンズはもう古い、さっさと引退して消えろって言っているが」


はじめは退屈そうに聞いていたキースだが、しばらくしてがばと身を起こしたとジャンは記している。

両眼はランランと輝き、内部では火山の大噴火が起こっている。
「勝手に言わせておけ!」とキースは手に持ったジョイントを私に突きつけながらわめいた。
「俺たちはローリング・ストーンズだ。誰の指図も受けない。やめるのは自分たちでそう決めた時だけだ!」
気持ちが収まるとキースは再び王座に収まり、手に持っているジョイントに気付くとそれを私に渡した。




「メモリー・モーテル」という曲はミック・ジャガーが弾くアコースティック・ピアノから始まり、イントロの5小節目からキース・リチャーズのエレクトリック・ピアノがユニゾンで重なってくる。
その瞬間から幻想的な世界へと扉が開かれるのだが、そこが最初の聴きどころなのかもしれない。

淡々と弾き語り風にスタートしたミックのスローバラードは、かなりクールなタッチでエモーショナルではない。

可愛いいハンナは桃みたいな娘だった
彼女の瞳はハシバミ色、鼻は少しカーブしていた
オレたちは想い出のモーテルで、孤独な夜を過ごした
そのモーテルは海の上に建ってる
星がきらめき、オレの息をかき消す
水ぎわに降りると、彼女の髪は波しぶきでびしょ濡れになった


だがサビに入ってビリー・プレストンのストリング・シンセサイザーが鳴り始めると、そこからミックのヴォーカルが高揚してくる。
そしてワンコーラスが終わった後から、そのまま短いブリッジ時をはさんで、キースのヴォーカル・パートに移る。

彼女は自分の心をもっている
そして上手く使っている
なかなかいない娘だった
彼女は頭がいい
彼女は自分の心をもっている
それをすごく上手に使いこなす


キースの歌声によって全体に広がりが感じられて、重層的な展開が加わったあとになると、一気にミックのヴォーカルもソウルフルなテイストへと変わっていく。
バンドの演奏は全体として緻密なまま、そこから熱量だけが増していくところが、第2の聴きどころになる。

アルバムに付属しているチャンネル・シートには、アコースティック・ギターがウェイン・パーキンス、エレキギターはハーヴェイ・マンデル、ロニー・ウッドはコーラスの一人として記されている。
ハーヴェイのカウンターメロディーやリード・ギターは、弾きすぎない抑えた感じなので品の良さがある。

そしてこの長い曲のなかで特に印象に残るのは、ミックのヴォーカルにも匹敵する熱い演奏を聴かせる、ドラムのチャーリー・ワッツだった。
普段はなかなか目立つことがないドラマーが、「メモリー・モーテル」ではめずらしくタムやシンバルを駆使して、思いっきり歌っているのだ。

これが全体を通しての聴きどころだ。

ところでストーンズなのに、いつものストーンズらしくないのは、ミック・テイラーが1974年12月に脱退したことで、後任のギタリストとしてロニー・ウッドとウェイン・パーキンスが、「本当に五分五分」という感じで一緒に活動していた時期のレコーディングだったからだろう。
そして本セッション終了後、ロニーが正式にレギュラー・メンバーに迎えられている。

なお「メモリー・モーテル」がワールド・ツアーで取り上げられたのは、発表から20年目のヴードゥー・ラウンジ・ツアーからだ。
そして1998年にはデイヴ・マシューズ・バンドがオープニング・アクトを務めたとき、デイブ・マシューズが本番に飛び入りで参加したライブの動画などによって、傑作であることが広く伝わり始めたのだった。





<参考文献> ショーン・イーガー編「キース・リチャーズかく語りき」(音楽専科社)。なお本文中の引用も同書によるものです。

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