ミニー・リパートンの名を知らなくても、この歌を一度や二度耳にしたことはあるだろう。「ラヴィング・ユー」は、天使の声と称される5オクターヴの高音域が美しい彼女の代表曲で、今や世界中で数多くの歌手にカヴァーされている。
1975年の「ラヴィング・ユー」の大ヒットから1年も経たない1976年の初め頃、ミニーは胸に痛みを感じた。検査の結果は悪性の腫瘍、乳癌だった。
そしてその年の春に、乳房切除の手術を受け手術は成功に終わる。ガンを宣告された時、ミニーは周りの人たちを悲しませたり動揺させたくないと思い、親しい友人にも一切このことを告げなかった。
そして手術後、アメリカのテレビ番組「トゥナイト・ショウ」に出演することが決まる。この時の司会は後にアメリカ癌協会、国際癌基金の名誉会長となるフィリップ・ウィルソンだった。ミニーは直前まで自身の癌について語ることを、周りの誰にも伝えてはいなかった。
先月私は乳癌だと宣告されて、乳房を切除する手術を受けた。だけど、たとえ片方の胸を失くしたとしても、それで人生が台無しになったとは思わない。性的にも、肉体的にもね。私の身体には3つの傷があるわ。1つは幼少期に車にはねられた時の傷、もう1つは子供を産んだ時についた傷、そしてこの胸にあるのが3つめの傷。それは隠す必要のないことなのよ。
突然のミニーの告白、そして同じ苦しみを持つ多くの女性へ前向きなメッセージに、会場からは拍手喝采が起こった。
その後もミニーは歌を続けながら、テレビなどに出演する機会があれば、多くの女性に向かって、癌の定期検診と早期発見の重要性を語り、もしも乳房を切除することになっても、何も落胆することはない、そのことで女性らしさが失われることは何もないということを強調した。
そうした活動が評価されて、1978年には黒人初のアメリカ癌協会の教育委員長に選ばれた。ミニーはそれまで以上に多くの場所へ足を運び、癌との向き合い方について語った。
しかし1970年代という時代は、ウーマンリブ運動が盛んになったとはいえ、黒人であり女性であるミニーの言動や活動を、好ましく思わない男性がまだまだ多くいる時代でもあった。そうした時代背景もあって、レコード会社との間で軋轢が生まれ、ミニーは別のレコード会社へ移籍することとなる。
移籍後新たな気持ちで新作のレコーディングを進めていた1978年、とうとう右腕に癌の転移が見つかった。この時、ミニーは自分自身に残された時間が少ないことを悟るのだった。
しかし、ミニーはメディアの取材にも、仕事で出会う人たちにも、このことは一切語らなかったという。人が自分に対する同情や哀れみでレコードを買うのを嫌ったからだ。
何よりもミニーはいつもポジティヴで明るい性格だった。夫のリチャードや娘のマヤも、ミニーはとても面白い人で周りにはいつも笑いが絶えなかったと、インタビューでも振り返っている。
そんなミニーが折に触れて語っていた言葉がある。
私が黒人だから、みんなは私がブルーズを歌うべきだと言うの。でも、私にはブルーに落ち込むようなことは何一つないの。ブルーズは悲しい感情で歌わなければならない。でも、私はハッピーな人間。
1979年4月に発売された移籍第一弾アルバム『ミニー』は、ミニーの生前に発売されたラストのアルバムとなった。アルバムからのシングルヒットとなった「メモリー・レーン」は、ミニーと夫のリチャード・ルドルフとの共作だ。ある時家で、リチャードと二人で古い写真を見ながら思い出話をしていたことから生まれた曲だという。
写真を見ながら思い出に浸る歌詞からは、家族や周りの親しい人やファンへのさよならを歌っているようにも感じられる。またラストには思い出の彼方に引き戻されて戻ってこられなくなっている自分を、「助けて、もうやめにしたいの」と歌う。ミニーの感きわまるその歌声に、思わず心が揺さぶられる。
笑いがこみ上げてくるような
この写真を偶然見つけたの
それは私を思い出の彼方へ
連れ戻してしまった
幸せが見えるわ
苦しみも見える
私は今どこ?
すっかり思い出の中に連れ戻されて
ほら、私たち二人が立っているわ
とっても幸せなカップルよ
何物にも代えがたい愛が
ほら、見て、
ほら見て、ここに
そして1979年7月12日、ミニー・リパートンは天使になった。31歳という若さだった。死後、有志によってミニー・リパートン基金が設立され、癌の研究、治療のためのお金が集められた。
その後、1980年代のアメリカでは乳癌の早期発見を啓発するピンクリボン運動が生まれ、今では世界中に広まっている。
ミニーの天使の歌声は、今もなお私たちの心に響き続けている。世界中の女性に勇気と元気を与えながら。
*このコラムは2017年7月12日に公開されました
*参考文献、引用元:ミニー・リパートン『パーフェクト・エンジェル』1993年盤ライナーノーツ「FEBRUARY 1993 : MASAHARU YOSHIOKA “AN EARY BIRD NOTE”」、「waxpoetics japan no.14」 サンクチュアリ出版
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