この歌の原作者は中川五郎。訳詞家としてボブ・ディランのすべての楽曲の歌詞を翻訳しているほか、フォークシンガー、翻訳家、小説家としても活動する人物だ。かつて“関西プロテストフォークの旗手”といわれた彼が、この歌を創作したのは1967年(当時18歳・高校3年生)のことだった。
「夏休みの補修授業中、日本史の講義になんとなく身が入らずにボヤっとしいた時でした。その当時よく大阪のフォークソング集会で歌われていた炭坑街のブルース(ボブ・ディランの“North Country Blues”に日本語の歌詞を乗せた替え歌)のメロディーにのせて突然言葉が浮かんできたんです。僕は授業に使われていたプリントの裏に一節を書き始め…それにつられてスラスラと瞬く間に12番まで作ってしまったんです」
曲のタイトルは歌詞の内容通り、ズバリ「受験生ブルース」とした。
翌1968年から中川はステージで歌い始めるが、曲調が暗過ぎたのか、当時はあまりウケなかったという。しかし、中川が歌うその曲を聴いて「これは面白い!」と、気に入った男がいた。
当時すでに関西フォークシーンで活躍していた高石ともや(本名・尻石友也)は、自分のコンサートでも「受験生ブルース」を取り上げるようになる。
高石は北海道で生まれ、地元の高校を卒業した後、1960年に立教大学文学部日本文学科に入学。学費を稼ぐため、新潟県赤倉スキー場や、大阪の釜ヶ崎で土木作業員、屋台のラーメン屋などをやりつつ、ピート・シーガーやボブ・ディランらの歌を訳してフォークソングを歌い始める。1966年、大阪YMCAキャンプで歌ったのが“初めて人前で歌う経験”だった。
“生活の中から生まれる歌”
関西フォークの原点とも言えるそんな考え方は、彼から始まったのだ。彼のステージを見て感動し、ギターを持ち始めたのが中川五郎であり、後に“フォークの神様”とよばれた岡林信康だった。そんな高石がこの「受験生ブルース」を自分が歌うにあたってメロディーを作り直したのだ。
「当時、五郎が作っていたメロディーは、ゆっくりと足を引きずるような三拍子の短調で暗いイメージがあったんです。これでは広まりにくいと思ったのでC調の二拍子にしたんです」
軽快なメロディーに編曲された「受験生ブルース」は、高石のコンサートでたちまち人気の曲となる。それにいち早く目をつけたビクターレコードの深井静史(ディレクター)がレコード化を実現させ、1968年3月にリリース。ストイックな受験生活を自虐的に歌ったこの楽曲は、深井の“読み”通り、発売と同時に話題を呼び、90万枚のヒットを記録する。
60年代後期と言えば、歌謡曲やグループサウンズが全盛期を迎えていた頃。深夜ラジオから人気に火がついたザ・フォーク・クルセダーズが「帰って来たヨッパライ」「イムジン河」「悲しくてやりきれない」を連続で発表し、フォークグループとしては異例の大ヒットを飛ばしていた。
当時、深夜のラジオ放送を聴きながら受験勉強をしていた学生に、「受験生ブルース」はウケたのだ。そんな時代の中で、関西フォークはメジャーな歌謡曲シーンに対して“アングラ”と呼ばれた。
そんな関西フォークを語るにあたって大きな役目を果たしたプロデューサーが存在した。その男の名は秦政明(はたまさあき)。
前出の高石ともやを見出した人物である。1966年7月、彼は大阪労音に“フォークソング愛好会”を発足。労音(勤労者音楽協議会)とは、労働者のための音楽の普及を目的とした組織。1966年9月19日、尻石友也(当時、高石ともやは本名で活動していた)が大阪の土佐堀YMCAの大阪労音フォークソング愛好会で歌う。
この時のテープを聴いた秦は高石に会いに行き、一晩で意気投合したという。秦は高石を自宅に居候させながらマネージャーとして労音で歌わせるようになる。高石は当時、少年院で歌われている歌、明治時代の演歌、飯場でつくられた歌などを歌っていた。それに加え、アメリカのフォークソングを日本語に訳して歌っていたので、秦の思うフォークの定義にぴったりだった。
「外国の歌をそのまま外国語で歌うのではなく、その意味をとらえて日本語にして歌うこと、歌謡曲のようなプロの作詞家が書いた言葉でなく、自分の生活感を持った言葉で歌うこと」
ほどなくして秦は高石音楽事務所を正式に設立し、イベントやコンサートの企画や開催、新たなアーティストの発掘を始める。同事務所には、高石友也、中川五郎、フォーク・クルセダーズ、岡林信康、五つの赤い風船ら、関西フォーク陣の他、東京で活動していた高田渡、遠藤賢司、ジャックスも所属し、日本のフォークシーンの一大拠点となっていた。
そし1970年代の幕開けと共にベトナム戦争や学園闘争が終息してゆく中、フォークシーンの熱も冷めてゆくこととなる。学生達を中心に社会に蔓延した挫折感は、それまで先頭を走ってきたフォークシンガー達にも無縁ではなかった。
<引用元・参考文献『フォーク名曲事典300曲』/富澤一誠(ヤマハミュージックメディア)>
【高石ともやオフィシャルサイト】
http://www.tees.ne.jp/~isawada/
【中川五郎オフィシャルサイト】
http://www.goronakagawa.com
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