モータウンで数々のヒットを飛ばし、20世紀最高峰のメッセージソング「What’s Going on」生み出した彼は、その生涯の最後までドラッグや家庭の問題に悩んでいた。
彼は1982年(当時43歳)のインタヴューで、その頃のことを振り返ってこう語っている。
「厳格な牧師だった父が幼い僕を殴っていたのは単純な話ではないんだ。もちろん、あまりに酷い仕打ちだったけどね…。僕が12歳になるまで体中、父に殴られたアザだらけだったんだよ。父と共に住むということは、王様と一緒に住むようなものだった。風変わりで、残酷で、すぐに豹変する絶対君主。もしも母親までがそんなだったら、僕はおそらく新聞でよく見る子供達の自殺と同じ道を辿っていただろう。」
また、父親には女装趣味があり、ときおり女性の格好をし化粧もしてたという。
幼いマーヴィンにとって、父親は混乱・カオスそのものだった。
財政難、鬱、ドラッグ中毒に悩まされていた彼は、死去する1年前の1983年(当時44歳)、健康的な生活を取り戻すため家族のもとへ移った。
しかし、彼と父親との間にあった深い確執は消えることはなく、絶えず喧嘩を繰り返す日々を送っていた。
当時の様子をゲイ夫人が語っている。
「ドラッグの量も増えていったわ。彼は私の眼の前でもコカインをやるようになったの。息子の姿を眺めながら私は涙を浮かべていた。そのたびに彼は“お母さん、これが最後だって約束するよ”と言っていたわ。」
彼がコカインでハイになる一方、廊下の数歩先にある部屋の中では父親がウォッカで泥酔していた。
それは、彼が取り戻そうとした“健康的な生活”とは大きくかけ離れたものだった。
家の中の空気はドラッグと父と子の確執で汚染されていたのだ。
彼にとって最大の擁護者である母親ですら、その状況を認めないわけにはいかなかった。
「彼は怪物と化していたわ。家にはひっきりなしに人がやってきて、息子にドラッグを渡していたのよ。“お願いだからそんなものトイレに流してちょうだい!”と懇願したわ。でも彼にはそうできるだけの強い意志がなかった。彼は自室に引きこもって、四六時中銃を見つめていたわ。」
父と子の縄張り争い、自殺をほのめかすゲイ、殺人をほのめかす父親…
当時、父親は家族の面々にこう伝えていた。
「あいつが俺に手を出してきたら、ぶっ殺してやる!」
まともに服を着ることもできなくなり…浮浪者のような格好のまま、自室に閉じこもったまま、コカインを吸い、ビデオデッキでひたすらポルノ映画を見続けていた彼の精神は、もはや限界に達していた。
そして1984年4月1日、運命の日がやってきた。
ロサンジェルス市内にあるグラマシー・プレイスの自宅には、ごく普通の日曜日の朝が訪れていた。
その日、父親は朝から保険に関する書類を探していた。
「見当たらない!誰か他の場所に移したのか?」
昼間近くまで何時間も探し続けたが、書類は見つけられず…怒り狂っていた。
我慢できなくなった父親は妻に向かって叫び、その声は大きな家の二階まで響き渡った。
ゲイは栗色のローブを着て寝室のベッドに横たわっていた。
71歳になる母親は彼の脇に寄り添い、囁くような声で聖書を読み聞かせていた。
息子の病んだ精神を和らげ、勇気と希望を与えようと必死だった。
階下からの父親の声は、彼をナイフのように突き刺した。
それを聞いた彼は、下に向かって怒鳴り出す。
「母さんに文句があれば面と向かって言え!」
書類を見つけられずに苛立っていた父親は、怒りを露わにして階段を登ってきた。
息子の部屋に入ると、大声で妻を怒鳴りつけた。
彼は母親を守ろうと飛び起き、父に部屋を出るように命じた。
父親は一歩も引かなかった。
半狂乱になった彼は、父親を突き飛ばして廊下に叩きだそうとした。
母親はその時のことを鮮明に記憶していた。
「マーヴィンはお父さんを殴ったわ。やめて!と叫んだけれど、彼はかまわなかった。夫に強烈なパンチを何発も見舞っていたわ。」
母親がなんとか二人を引き離して、息子に部屋に戻るように言いつけた。
数分後、父親が彼の部屋のドアを開ける…
先ほどよりもずいぶんと落ち着いたように見えた父親の手には38口径のリヴォルヴァーが握られていた。
その銃は、4ヶ月前に息子が父に(護身用のために)プレゼントしたものだった。
父親は狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸が心臓を貫き、彼の身体はベッドから床に崩れ落ちた。
父親は少し待ってから、さらに数歩進み…もう一度銃を構え、今度は至近距離から引き金を引いた。
父親は黙って階段を降り、正面ポーチに座り、庭の芝生に銃を放り投げてから警察を待った。
午後1時01分、カリフォルニア・ホスピタル・メディカルセンターで歌手マーヴィン・ゲイは死亡を宣告された。
翌日の4月2日、ゲイは45歳を迎えるはずだった…
<引用元・参考文献『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』デイヴィッド・リッツ(著)吉岡正晴(翻訳)/スペースシャワーネットワーク>
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html
【TAP the POP佐々木モトアキ執筆記事】
http://www.tapthepop.net/author/sasaki