「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the STORY

27歳で引退を決めて日本を離れようと考えていた藤圭子〈後編〉~ 「あたし、嘘つくのいやだったんだ」

1979年の10月、作家の沢木耕太郎は、翌年から朝日新聞に連載するノンフィクションを執筆するため、伊豆の山奥の温泉宿に長期滞在していた。 そんなある日、執筆に疲…

TAP the STORY

27歳で引退を決めて日本を離れようと考えていた藤圭子〈前編〉~「ポリープを切ることで私の歌の命まで切ることになった」

1969年9月に「新宿の女」でデビューした藤圭子は、演歌で日本語のブルースとロックを体現していたシンガーだった。 ファースト・アルバム『新宿の女/“演歌の星”藤…

TAP the SONG

藤圭子 ~日本語でブルースを体現するロック世代のシンガーによる「生命ぎりぎり」

藤圭子がデビューした1969年、日本の音楽シーンには明らかな傾向があった。 カルメン・マキの「時には母のない子のように」を筆頭に、ちあきなおみの「雨の慕情」、加…

TAP the SONG

藤圭子と宇多田ヒカルの母子をつないだカーペンターズの「Close to You(遙かなる影)」

バート・バカラックの代表作となった「Close to You(遙かなる影)」は、俳優のリチャード・チェンバレンが1963年にリリースしたシングルのB面曲だった。…

TAP the SONG

「長崎は今日も雨だった」~エルヴィス・プレスリーとドゥーワップから生まれた新しい日本の歌だった

「長崎は今日も雨だった」は、RCAレーベルのディレクターになった山田競生が最初に手がけたアーティスト、内山田洋とクール・ ファイブの記念すべきデビュー曲である。…

TAP the SONG

B面だったので制約にとらわれず48秒もある長いイントロになった五輪真弓の「恋人よ」

1972年に発表されたアルバム『五輪真弓/少女』は、シンガー・ソングライターのアルバムとしては日本で最初のロサンゼルス録音で、しかもその当時にアルバム『TAPE…

TAP the ROOTS

ヒッピーの聖地へと向かう途中で生まれたレッド・ツェッペリンの「カシミール」

「私のお気に入りの1曲だ。詩的に、とてもポジティヴな歌だ」 ロバート・プラントは、レッド・ツェッペリンが1975年に発表した『フィジカル・グラフィティ』に収録さ…

TAP the LIVE

メンバーたっての希望で実現したレッド・ツェッペリンの広島公演

「1971年、広島を最初に訪れた時のことは、心に強く訴えかける体験だった。 そして44年ぶりに広島に戻ることは、同じ様に心に響くものになると私は強く思っている」…

TAP the ROOTS

ロバート・プラントのブルースマンへの愛がつまった「胸いっぱいの愛を」

ロバート・プラントの父親が何故、ティーネイジャーになったばかりの息子をクラブに連れていったのかはわからない。 だがそれは1960年代初頭の話で、ロバートはそこで…

TAP the SCENE

ダーティ・ダンシング〜ダンスの躍動感や恋の歓喜が表現された伝説のオープニング

『ダーティ・ダンシング』(Dirty Dancing/1987) 今から思えば、1980年代後半の日本の若者文化(とりわけ都市圏の高校生/ティーン文化)は、まだ…

Extra便

ストーンズやツェッペリンが100万ドル積んで欲しがったロバート・ジョンソンの“3秒半”

フィルムに写り込んだ男はあの伝説のロバート・ジョンソンなのか? ことの起こりは、ミシシッピ州ルールヴィルというスモールタウン。町の古い映画館の倉庫から、埃が積も…

TAP the DAY

リンゴ・スターが加わってビートルズ=Fab Four(ファブ・フォー)の歴史が始まった日

1962年8月18日、マージー川をはさんでリヴァプールの対岸にあるバーケンヘッドの町で、地元園芸協会の17周年を記念するダンスパーティーがあった。 その夜の10…

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