「脱走兵(Le déserteur)」はシャンソン歌手のムルージが歌って有名になった曲だが、作詞したボリス・ヴィアンの歌によっても、後々の世代に長く受け継がれていった。
この歌が作られたのはフランスが第1次インドシナ戦争(1946~1954)の終盤の時期で、第2次インドシナ戦争すなわちベトナム戦争を意識して書かれた。だがムルージのレコードが発売になったのは、11月にアルジェリア戦争 (1954~1962)が勃発した時期にあたっていた。
そのためにフランスでは放送禁止となって幻の歌と言われたが愛唱されたし、70年代になってからはアメリカの介入によって始まったベトナム戦争の反対運動と結びついて、プロテスト・ソングとして多くの国へと広まった。
日本では高石友也がまず日本語詞をつけて、それが加藤和彦や高田渡らに歌い継がれて、1960年代後半にフォークソング・ファンに知られていった。
それから4半世紀が過ぎた1990年、ボリス・ヴィアンに焦点を当てたライブの「ACT BOLIS VIAN」を上演したのが沢田研二だった。
そこではオリジナルの歌詞に忠実な日本語で、「脱走兵」というタイトルで歌われた。
沢田研二「ACT Boris Vian 脱走兵」

「芸術なんて暇つぶしさ、巨匠になんてなりたくない」と日頃から口にしながら、その後は小説家、詩人、画家、ミュージシャン、歌手、俳優、ディレクターと多彩な活躍を見せた。
12歳で心臓リュウマチに侵されたために「40までは生きられない」と考えていたせいか、サンジェル・マン・デ・プレにたむろしてサルトルやカミュ、グレコらとともに華やかなパーティの日々を過ごした。
そして自分の言葉に忠実に、39歳でこの世を去ったのだった。
ヴィアンの書いた小説は物議をかもすことが多く、作品に対する評価は生存中は決して高くなかった。だが死後にジャン・コクトーやサルトル、ボーヴォワールらによって再評価され、1968年にパリで五月革命が勃発してカウンターカルチャーが注目される時代が来ると、「日々の泡(うたかたの日々)」を筆頭に若い層から圧倒的な支持を受けるようになった。

沢田研二が1989年から演劇的な舞台活動ACTシリーズを行ったのは、東京グローブ座という新しい劇場ができたことがきっかけだった。
演劇の専門劇場だった東京グローブ座はコンサートには会場を貸差なかったので、それならばと知恵を絞って「沢田研二ACT・・・」という、一人芝居と歌を組み合わせた新しい表現を目指したのである。
取り上げたのはクルト・ワイル(独)、ボリス・ヴィアン(仏)、ニノ・ロータ(伊)、サルバドール・ダリ(伊)、シェークスピア(英)、エディット・ピアフ(仏)、バスター・キートン(米)、エルヴィス・プレスリー(米)、宮沢賢治(日)の順だった。
テーマの選び方から見てもザ・タイガースやピッグが解散してソロになった時に、世界進出を目指してフランスとイギリスを拠点に音楽活動を行った挑戦者らしさがかいま見える。それ以来、一貫してヨーロッパ文化への関心が高かったこともわかるのだ。
ボリス・ヴィアンを取り上げた舞台は、ファンの間では最も輝いていたと高く評価された。こういう歌に挑むところからは、軟派に見えて実は気骨のある表現者だったことが伝わってくる。
沢田研二は2008年に発表した還暦記念アルバム『Rock’n Roll March』のなかで、平和憲法を護るように訴える歌詞の「我が窮状」を歌っている。
「窮状」とはいうまでもなく憲法9条であり、”この窮状 救うために 声なき声よ集え 我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ”という表現は、沢田研二という表現者にとっては必然であったのだろう。
アイドル時代は表現の自由がなかったが、そうした制約はもう自分から取り払っていくと決めたのだ。こうしたメッセージソングが急に出てきたわけではなく、ボリス・ヴィアンの「脱走兵」を忠実な歌詞で歌い継いだ頃から培われて、確固とたる信念になって生まれたことがわかる。

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