「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the DAY

イギリスでも注目されていた日本のロック、サディスティック・ミカ・バンドの全英ツアー

1968年10月のザ・フォーク・クルセダーズ解散後、69年のソロ・アルバム『ぼくのそばにおいでよ』に続いて、71年の10月に『スーパー・ガス』を出した頃から、加…

TAP the DAY

1972年12月25日~クリスマスにちなんだバンド名のキャロルが「ルイジアンナ」でデビュー

1972年10月1日、フジテレビで夕方に生放送でオンエアされていた若者向けの情報番組『リブ・ヤング!』で、「ロキシー・ファッション」という企画が取り上げられた。…

Extra便

吉田拓郎が”音楽の師匠”と呼ぶ加藤和彦との出会いから生まれたヒット曲「結婚しようよ」

吉田拓郎が、ただ一人「音楽の師匠」と呼ぶ加藤和彦と出会ったのは、予想していなかった意外な訪問からだった。 1971年に”フォークのプリンス”として若者たちに人気…

Extra便

加藤和彦の「家をつくるなら」を今、こんな時代に聴いてみると

1970年の夏。日本のミュージシャンたちとともに、『ヤング・ジャパン国際親善旅行』に参加し、カナダの教会でミカと挙式した加藤和彦は、帰国すると2枚目のソロ・アル…

TAP the SONG

ザ・フォーク・クルセダーズと加藤和彦に発見されて、新しい生命を吹き込まれた寺山修司の「戦争は知らない」

「戦争は知らない」は、稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲である。 幼い頃に父を戦争で亡…

悲しくてやりきれない

TAP the SONG

「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ

ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は、シングル盤が発売される前日、東芝レコードの判断によって発売中止が決まった。 レコードは店頭に並ぶことなく回収されて…

TAP the SONG

発売中止になったフォークルの「イムジン河」は国境を越え、時間を超えて日本人の歌になった

1967年のクリスマスにレコードが発売されたシングル盤の「帰って来たヨッパライ」が驚異的なヒットを記録し、京都のアマチュアだったザ・フォーク・クルセダーズは日本…

TAP the SONG

加藤和彦が「ミカと結婚するから、その祝いに作ったことにしよう」と言った歌~「あの素晴しい愛をもう一度」

ザ・フォーク・クルセダース時代からパートナーを組んでいた、加藤和彦と北山修(きたやまおさむ)。この二人のソングライターが作った歌の中で、もっとも知られる代表曲が…

TAP the SONG

1970年に北米をツアーで回った加藤和彦の体験から生まれた「あの素晴しい愛をもう一度」

1年間だけという約束でメジャー・デビューしたザ・フォーク・クルセダースは、約束通りデビューから1年後の1968年10月に解散した。 そして、北山修は京都で医学生…

TAP the CHANGE

日本で最も早くからボブ・ディランをコピーして歌っていた加藤和彦

1960年代後半にフォーク・クルセダーズのメンバーとしてブレイクを果たし、70年代にはサディスティック・ミカ・バンドを結成。その長いキャリアの中で、「帰って来た…

TAP the DAY

追悼・加藤和彦~1968年10月17日のフォークル解散コンサートと幻のアルバム『児雷也』

ザ・フォーク・クルセダーズが大阪フェスティバルホールでの公演と、日本テレビ系『11PM』に出演したのを最後に解散したのは、1968年10月17日のことだ。 彼ら…

Extra便

「帰ってきたヨッパライ」という”変な歌”で登場したザ・フォーク・クルセダーズ

1960年代の後半から70年代にかけて、ラジオは若者たちにサブカルチャーを発見して紹介する役割を果たした。テレビは一家に一台くらいまで普及していたが、音楽に興味…

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