「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

Extra便

吉田拓郎はジョン・レノンへのファンレターの最後をこうしめくくった――「いつか僕たちがビートルズを追い越します」

吉田拓郎がビートルズを知ったのは1964年の初めのことで、日本でレコードが発売になる直前だった。 当時は高校2年で広島に住んでいたのだが、学校から帰ってくると夕…

TAP the LIVE

吉田拓郎~日本初の6万人コンサート開催

ボブ・ディランのように全国各地から大勢の人たちが集まるようなコンサートをしたい。吉田拓郎がそう思ったのは1974年の秋頃のこと。 1971年に中津川で催された第…

TAP the SONG

2019年8月6日に「夏休み」という曲は反戦歌などでは 「断じて!ない!」と明言した吉田拓郎

1960年代の半ばから激しく吹き荒れた学生運動によって、日本だけでなく世界の各国で高等教育のあり方が変容していった。日本では1970年の段階で、高校進学率がすで…

TAP the SONG

ポップスの傑作だとささやかれていた六文銭「夏・二人で」を20年後にカヴァーした吉田拓郎

1972年に発表された六文銭のファースト・アルバム『キングサーモンのいる島』は、小室等が率いる「六文銭」の唯一で最後のスタジオ録音盤だ。 前評判の割にはそれほど…

TAP the SONG

吉田拓郎によって始まったニューミュージックの時代を象徴するシンプルな名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」

「ニューミュージック」と呼ばれる音楽が注目を集め始めたのは、1966年に日本武道館で行われたビートルズの来日公演から、数年ほどが経過した頃からだった。 音楽関係…

TAP the SONG

「狼なんか怖くない」~阿久悠がピンク・レディーの「S・O・S」から発展させて書いた石野真子のデビュー曲

伝説のオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に出場した石野真子は高得点で合格、1978年3月25日に「狼なんか怖くない」でデビューすることになった。…

TAP the NEWS

たどりついたらいつも雨ふり〜吉田拓郎が書き下ろしたザ・モップスの代表曲

「たどりついたらいつも雨ふり」は、ザ・モップスの12枚目のシングルとして1972年7月5日にリリースされた“70年代の名曲”である。 作詞作曲は、当時“フォーク…

TAP the SONG

吉田拓郎と岡本おさみとの闘争から生まれた「望みを捨てろ」~〈吐きすて〉の歌の系譜⑧

岡本おさみとのソング・ライティングについて、吉田拓郎は「あの頃いつも俺は不愉快だった(笑)」と述べていた。 ここでいう「あの頃」とは、岡本とのコンビを組んでつく…

TAP the SONG

吉田拓郎の「まにあうかもしれない」は岡本おさみによる吐きすてタンカだった〜〈吐きすて〉の歌の系譜②

岡本おさみが言うところの〈吐きすて〉の歌の元祖を海外に求めれば、真っ先に名前が挙がるのはボブ・ディランであり、ビートルズのジョン・レノンやローリング・ストーンズ…

季節(いま)の歌

襟裳岬〜“何もない春です”と歌われた名曲にまつわる“色々事情あり”な誕生エピソード

「襟裳岬」は、1974年1月5日に森進一(当時26歳)のシングルとしてリリースされた楽曲だ。累計売り上げでは約100万枚を記録しており、森は本作で同年の日本レコ…

TAP the NEWS

イメージの詩〜吉田拓郎の運命を切り拓いた一曲

吉田拓郎は、鹿児島出身の広島育ちである。 彼は高校時代からバンド活動を始め、1968年に広島フォーク村を結成して本格的に音楽キャリアをスタートさせる。 当時、大…

TAP the NEWS

ファイト!〜中島みゆき流の応援歌を読み解けば、理不尽だらけの世の中や歪(いびつ)な村社会が見えてくる

中島みゆきの名曲「ファイト!」は、1983年に発表された自身のアルバム『予感』に収録された楽曲で、1994年に住友生命ウィニングライフのCMで起用されたことをき…

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