「襟裳岬」は、1974年1月5日に森進一(当時26歳)のシングルとしてリリースされた楽曲だ。累計売り上げでは約100万枚を記録しており、森は本作で同年の日本レコード大賞と、日本歌謡大賞の大賞をダブル受賞した。
森はこの歌のヒットによって新境地開拓きっかけを作り、後の「冬のリヴィエラ」での成功を手にすることとなる。
作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎というフォーク全盛期を代表する黄金コンビによる作品である。岡本といえば、放送作家から作詞家に転身した人物で、吉田拓郎の代表曲「落陽」を始め、「黒いカバン」(泉谷しげる)、「きみの朝」(岸田智史)、「川の流れを抱いて眠りたい」(時任三郎)など多くのヒット曲を手掛けた才人。
岡本はこの曲の作詞をする前に、実際に襟裳岬を訪れた。北海道の中南部、日高山脈が太平洋に落ち込んで生じたその岬のある町では、時おり叩きつけるような激しい風が吹く。
岡本が訪れたその日も、春とはいえとても冷たい海風が吹き渡っていた。彼はその日のことを鮮明に憶えているという。
「あまりの寒さに近くの民家を訪ねたところ、老夫婦が快く迎え入れてくれて“何もないですが…お茶でもいかがですか”と温かいお茶を飲ませてくれたんです。冷えきった身体に流し込んだお茶は飛び切り美味かった。“何もないですが…”という温かくて素朴な人情に“これだ!”と閃いたんです」
そんな作詞エピソートを持つこの歌がリリースされるにあたって、歌唱した森、そして作曲した拓郎にとっても忘れられない出来事があった。
当時、森が契約していた日本ビクターは創立五十周年という大切な節目を迎えようとしていた。同社の看板歌手(森進一、フランク永井、松尾和子、三浦洸一、鶴田浩二、青江三奈、橋幸夫など)が、記念となる年(1974年)の1月に新曲シングルを一斉に発売しようというアイディアがあった。
さらに同社音楽部門から独立したビクター音楽産業株式会社が一周年を迎えたこともあって、特別なシングルとして楽曲選びの準備が進められていた。これらのレコードに限っては担当制ではなく、企画を採用された者が制作責任者になるという試みだったという。
森に関しては、何か新しい発想のレコードをという方針で、当時まだ入社したてのディレクターだった高橋隆(元ソルティー・シュガーのメンバー、当時高橋卓士)の案が採用された。
高橋が以前、吉田拓郎から「森さんみたいな人に書いてみたい」という話を聞いていた。演歌の森進一がフォーク畑のアーティストが作った曲を歌う。高橋にとっては大胆な賭けとも言えるアイディアだったが、実際に出来上がってきた曲を聴いて、その不安は確信へと変わった。
しかし、ビクターレコード上層部や森が所属していた渡辺プロダクションのスタッフの反応は厳しいものだった。
「今回のA面には相応しくないのでは?」
「フォークソングのイメージは森に合わない」
「こんな字余りのような曲を森が歌うのはちょっと…」
当初はシングル盤のB面扱いとして話が進められた。その頃の森は、虚言癖のあるファンからの謂れの無い中傷誹謗、母親の自殺、マスコミによる根拠のないバッシングなど…耐え難い心労が重なり、引退まで考えていた時期だった。
一方、当時27歳だった拓郎も(奇しくも)森と似たようなスキャンダルに巻き込まれていた。コンサートを終えた日の夜に強姦されたと騙る女子大生に訴えられて、拓郎は逮捕される。
一ヶ月半に及ぶ勾留の後、結局この女子大生がでっち上げた虚偽であることが判明して不起訴となり釈放。しかし、テレビや週刊誌などマスコミが吹聴したバッシングに合い、ツアーのキャンセル、曲の放送禁止、他人への提供曲も放送禁止、CMの自粛といった理不尽極まりない試練を強いられることとなる。
心ないマスコミのバッシングによって辛酸をなめさせられた拓郎が、同様の境遇にあった森の為に書いた曲。この歌詞に感動した森は、当時所属していた渡辺プロダクションのスタッフの反対を押し切って、両A面という扱いでこの記念すべきシングルをリリースすることとなった。
拓郎はその後、由紀さおり「ルームライト」、キャンディーズ「やさしい悪魔」、中村雅俊「いつか街で会ったなら」、風見慎吾「僕笑っちゃいます」、KinKi Kids「全部だきしめて」など、歌謡歌手やアイドルに曲を提供し、その才能を知らしめることとなる。
<引用元・参考文献『昭和歌謡〜流行歌からみえてくる昭和の世相』長田暁二・著(敬文舎)>
「森進一ベスト~歌手生活50周年記念盤~」
GOLDEN☆BEST 吉田拓郎~Words&Melodies~
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