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妻から教えられたキャプテン・ビーフハートの音楽によって新境地を開拓したトム・ウェイツ

2023.12.07

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トム・ウェイツが結婚をしたのは1980年8月のことだった。

相手は映画監督のフランシス・コッポラの元で脚本を書いていたキャスリーン・ブレナン。
詳しくはコチラのコラムで
そしてこの結婚が、トム・ウェイツの音楽を大きく変えることとなる。

女房にうながされて、おれは自分を見つめ直してみた。
それまでは、おれの音楽は箱にしまったままだった。音楽どころか、おれ自身が箱入りだったというわけよ。
箱を壊して外に出て、己を晒したことなどなかったんだ。


トムは流行の音楽に縛られることなく、自由に独自の世界を築き上げてきた。
しかしいつしかそれが、トム・ウェイツの音楽を閉じ込める殻になってしまっていることに気づいたのである。

キャスリーンとの結婚を機に、トムは過去の自分からの脱却を図り始める。
デビュー前からずっとマネージメントを担当してくれていたハーブ・コーエンに別れを告げ、音楽面ではこれまでになかったアプローチを試みるのだった。

いくつか曲ができたところで所属するレコード会社の社長、ジョー・スミスに聴かせてみると、判断に困った様子でこう伝えられた。

「自分で自分のレコードをプロデュースしろ。自分自身のレコードを作れ。プロデュースは自分でやらなきゃだめだ」


その言葉に従ってトムはアルバムを完成させたが、ジョー・スミスから返ってきた言葉は「これを出せるかどうか、正直わからない」というものだった。

そんなトムの新作に興味を持ったのがアイランド・レコードの社長、クリス・ブラックウェルだ。
結果として、トムはアサイラムからアイランドへと移籍することになるのだった。

こうして1983年にリリースされた新作『ソードフィッシュトロンボーン』は、これまでのファンや音楽メディアを大きく驚かせることとなった。

それまでのトム・ウェイツの音楽といえば、ピアノとサックスとウッドベースといった、ジャジーなサウンドだった。
しかしこのアルバムではサックスを封印してチューバやトロンボーンを取り入れ、さらにはマリンバ、アコーディオン、バンジョー、ハーモニウム、ブーバンといった楽器や、アンクルン、スクイズ・ドラムといった民族楽器まで取り入れ、パーカッシヴな仕上がりとなっている。

その理由についてトムは「パーカッションを多用したのは単に打楽器として使うんじゃなく、日常生活で耳にする音を再現したかったからだ」と説明している。


このような大胆な変化に少なからず影響を与えたのが、妻となったキャスリーン、そしてキャプテン・ビーフハートの音楽だった。

フランク・ザッパとの親交が深く、60年代後半のサイケデリック全盛だったカリフォルニアで異彩を放ったキャプテン・ビーフハート。

その実験的なサウンドを大胆に取り入れた音楽は、決して大衆からの支持は得られなかったが、一部の熱心なファンを獲得し、ミュージシャン仲間からの支持も厚かった。


ビーフハートとトムはマネージャーが同じだったが、ビーフハートのことはあまりよく知らなかったという。

彼の音楽をよく知るようになったのは結婚してからだ。女房が彼のレコードを全部持っていた。


キャスリーンは大の音楽好きでレコード・コレクターでもあり、トム・ウェイツの所有するレコードの少なさに落胆するほどだったという。
そんなキャスリーンの音楽センスは、トムに新たな音楽との出会いをもたらしただけでなく、トムの作曲活動にも深く関わっていくこととなる。

キャスリーンとの出会い、キャプテン・ビーフハートをはじめとした音楽の発見、レコード会社の移籍。
自身を取り巻く環境が大きく変わっていく中で、トム・ウェイツはそれまでの殻を破り、新たな音楽の道を開拓していくのだった。


引用元:『トム・ウェイツが語るトム・ウェイツ アルバム別インタビュー集成』ポール・マー・ジュニア編/村田薫 武者小路実昭 雨海弘美 訳(株式会社うから)


『トム・ウェイツが語るトム・ウェイツ アルバム別インタビュー集成』(単行本)
うから





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