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沢田研二の「君をのせて」から生まれた伝説のドラマ『哀しきチェイサー』で実現した内田裕也との共演

2019.11.19

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沢田研二の「君をのせて」という歌から、テレビドラマ『哀しきチェイサー』が生まれたのは1978年の晩秋のことだ。

エディット・ピアフの「愛の讃歌」の日本語訳などで知られる作詞家・岩谷時子が、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」や「ウナ・セラ・ディ東京」などでコンビを組んだ作曲家の宮川泰と作った「君をのせて」は、ザ・タイガースからPYGを経てソロになった沢田研二の初作品となった。

しかし1971年11月に発売されたシングル盤は、関係者が期待したほどには世の中に受け入れられなかった。

君をのせて ジャケット

だが、その歌を聴いてすっかり惚れ込んでしまったのが、テレビドラマ「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」などの演出家、TBSの久世光彦だった。

目を瞑(つむ)ると満点の星の世界が浮かび、《銀河鉄道》が遠ざかっていく光景が見えた。
やわらかな揺篭(ゆりかご)に揺られながら、どこか《永遠の場所》へ運ばれていくようだった。


久世は歌を聴きこんでいるうちに、「君をのせての君は、男だ」と確信する。
そして歌の言葉がキラキラ光っていることに感銘を受けて、いつかはこれをテーマに使った沢田研二のドラマを撮ろうと決意したのである。

1975年に久世が沢田研二と藤竜也の共演でつくったテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』は、男が男を愛するという設定の異色作で、一部に熱狂的なファンを持つカルト作品となった。



それから3年後、久世は『七人の刑事』の第28話として、小説家の中島梓に『哀しきチェイサー』の脚本を依頼した。
「君をのせて」という歌に出会ってからは8年後のことであった。

才気あふれる新人作家として注目されていた中島梓は当時25歳、テレビの収録スタジオで起こった女子高生の刺殺事件を描いた青春ミステリー「ぼくらの時代」で、第24回江戸川乱歩賞を受賞したばかりだった。

久世はここで主人公となる無頼な私立探偵に内田裕也をイメージし、コンビを組むちょっと知能の遅れた美少年が沢田研二というキャスティングを組んだ。
そして最後の回想シーンでは男同士が道行きを演じるという、異色の友情物語が実現したのである。

中島梓はこのとき、創刊されたばかりだった少年愛や同性愛を語る専門誌「JUN」(後の「JUNE」)に、「悪徳の栄え 『哀しきチェイサー始末記』」と第して、撮影現場のレポートを残している。

 この脚本は「哀しきチェイサー」と題して、内田裕也君と沢田研二君がいかがわしい男の友情を演じ、さいごには二人とも惨殺(脚本家によって)されてしまう。
 こんなシーンを生身の沢田研二君が演じるとなったら、これを見逃しては首くくりものである。TVでなくナマを見られるのも書いた人間の特権である。
 本読み室でもすでに、裕也さんが照れに照れたり、ADのお兄さんが沢田君のセリフを代役やらされて、「どこにも行っちゃイヤだよ。そばにいてね。」などとイヤーな顔しながら読んでいたり、いろいろと腹の皮のよじれるようなことがあった。


人気絶頂だったスターの沢田研二が殺されるシーンの撮影があるというので、11月5日には新聞や週刊の記者とカメラマンが、TBSのスタジオに待機していた。
そこに内田裕也は黒のブカブカのつなぎで登場し、沢田研二は紫のジャンパーにジーンズ、グレーのマフラーを巻いて姿を表した。

回想シーンで使われる男同士の道行きは、「君をのせて」のレコードを流しながら撮影されていった。
その場に立ち会っていた中島梓はあまりのいかがわしさに、すっかり照れてしまったと告白している。 

風に吹かれながら、仲良く一個のリンゴをかじりっこして、すでにもうぼくはなかば目をおおって指のあいだからこっそりのぞく心境。
うっ、いかがわしい。こ、こんなワイセツなものを 自分が書いてしまったのか。


そして沢田研二が三人の男に襲われて路地に追いつめられ、ドラムカンの上にひき倒されて、内田裕也の名を絶叫しながらナイフを突き刺さされるシーンの稽古が始まった。

「助けてぇ!痛ぇよお!」と絶叫するクライマックス・シーンで、取材陣のカメラのフラッシュが一斉にたかれる。
遅れて助けに来た内田裕也が「お前、大丈夫か、もういいんだ、オレがここにいるぞ、大丈夫だよ、こわくないよ…」と、膝に抱き起こす。

演出の久世が「サービス、サービス。三十秒だけだよ」と大声を上げる。
そこで一勢にフラッシュがたかれた。

久世はその日のことを、後にこう回想していた。

刑事物のドラマとしては妙なものだったが、私は《陶酔》した。
木枯らしの草原を、この二人が一本の洋モクを回し喫(の)みしながら縺れていく回想シーンを撮っていて、私は胸が熱くなり、ちょっと泣いたような記憶がある。


中島梓は『悪魔のようなあいつ』にインスパイアされた小説「真夜中の天使」を翌年に発表し、さらにはSF作家の栗本薫としてヒロイック・ファンタジー小説「グイン・サーガ」などで人気を得ていく。

「君をのせて」もまた発表から30年を過ぎたころになって名曲だという評価が高まり、多くのシンガーにカヴァーされて今ではスタンダード・ソングになっている。

沢田研二「君をのせて」


(注)本コラムは2015年11月5日に公開されました。

栗本薫『真夜中の天使1』(文春文庫)
文藝春秋




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