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Mercy Mercy Me〜マーヴィン・ゲイが紡いだ環境汚染への警告ソング

2018.06.03

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「もうショービジネスは辞めて、本当の魔術師が持っている力と能力を追い求めていきたいんだ。その力っていうのは、ここにもあるし、岩の中にも、空気の中にも、動物達の中にもある。こうした力や要素を取り入れて、身に起こる不思議な現象を引き起こすことができる“知識の人(men of knowledge)”がいるんだ。」



あぁ、どうかどうかお許しください
あぁ、すべては以前とは変わり果ててしまった
おぉ、ノー
あの広い青空はどこへ行った?
毒が風のように吹いてくる
北の地から、東から、南から、そして海からも


この「Mercy Mercy Me(The Ecology)」は、マーヴィン・ゲイが1971年6月10日に発表した楽曲である。
作詞作曲は本人によるもので、同年5月21日リリースのアルバム『What’s Going on』からシングルカットされたもの。
その年のビルボードのソウルチャートにおいて2週連続で1位を獲得。
全ジャンルを含めたHot 100では2週連続4位を記録している。
副題に「The Ecology」という言葉が使われているとおり、本作は環境問題をテーマに紡がれた歌で、グローバルな視点から世界が抱える深刻な状況を訴えている。

あぁ、どうかどうかお許しください
あぁ、すべては以前とは変わり果ててしまった
おぉ、ノー
大海原や僕らの海の上に石油が流れているし
魚は水銀漬け
大地と空に放射能が溢れ
近くに住んでいた動物たちと鳥たちは死んでいる


曲のタイトルに使われている“Mercy”とはどんな意味を持つ言葉なのだろう?
辞書を引くと…
「慈悲の心」「情け深い行為」「寛大な措置」「優しい心根」「感謝すべきこと」「痛みなどの緩和」と書かれている。
彼はこの歌を書いた経緯について1976年に受けたインタビューでこんな風に語っている。


「僕はドン・ファンとカルロス・カスタネダから学んでいるんだ。それに、沢山の著者の沢山の本を読んだよ。僕にとって“生きる”ってことだけど…僕は非の打ちどころがない戦士(impeccable warrior)になりたいんだ。それは世俗的なものがなにも必要ない人。たとえばワインや女性、衣服やダイヤモンドなど、身に着ける装飾品とかね。こういったものは嫌いになっていきたいし、この地球が僕らに与えてくれる知識や力にだけ興味を持っていきたいんだ。」


このインタビューで彼の言う“ドン・ファン”は、一般的に理解されている「色男」を指すものではなく、メキシコのソノラからやってきたヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファン・マトゥスのことだという。
カルロス・カスタネダとは、ペルー生まれのアメリカ人作家・人類学者で、UCLA大学で文化人類学を学び、ドン・ファンの下で修行した人物である。
マーヴィンは、人類の手によって自然環境が歪められ、生態系が壊されようとしている問題を自分なりに受け止めて、自らが世俗的なものから決別して、地球の回復力を信じて、その中にある力を引き出していこうと考えていたという。


「自分自身を変革させて、とても多くの素晴らしいことをするんだよ。僕はそんな力を持った人になりたいし、いいやり方でその力を使っていきたいんだ。」


この曲、このアルバムを発表する一年前…彼は失意のどん底にいた。
1970年3月16日、マーヴィン・ゲイ(当時30歳)にとって最高のデュエットパートナーだったタミー・テレル(当時24歳)が、脳梗塞によってこの世を去る。
タミーの死後、彼はショックから立ち直ることができず…しばらく隠遁生活を送っていた。
対人恐怖症に陥り、自宅に引きこもり、所属していたモータウンレコードへの不信感も募り、薬物依存への道を辿ってゆく。
モータウンの創業者ベリー・ゴーディの姉にあたる17歳年上のアンナと21歳の時に結婚して、幸せと成功を掴んだ彼だったが…すでにこの頃は夫婦関係も冷めていたという。
当時、タミーの死が彼にとってどれほどの出来事だったのか?
あるインタビューで語られた言葉がそれを物語っている。

「彼女の死は本当に辛かった。彼女と僕が恋人だったからじゃない。そうだったらよかったと思うが、僕達の関係はプラトニックなものだった。この世で自分が愛していた人、好きだった人、仲が良かった人を失うのはなかなか大変なことだよ。僕らは二人共まだ若かったし…ものすごい打撃だった。また別の女性と一緒に仕事をするなんて考えられない…」

彼はタミーの死によって物事を哲学的に捉えるようになり、音楽以外のことにも関心を向けるようになっていった。
愛する者の死が、彼の心に新たなインスピレーションを与えたのだ。
そして翌年の1971年、数ヶ月に渡って音楽活動から遠ざかっていた彼は、アルバム『What’s Going On』で復活を果たす。
アルバムのジャケットに写る彼は“モータウンの貴公子”と呼ばれた60年代の頃の雰囲気とは違っていた。
冷たい雨に打たれながら遠くを見つめ、思索的な表情を浮かべる髭面の男。
彼は自ら初めてプロデュ-スをしたアルバムに、深刻な社会問題に対するメッセージソングを収録した…


あの広い青空はどこへ行った?
毒が風のように吹いてくる
北の地から、東から、南から、そして海からも
この人口過密の大地は一体どうしたというんだ?
あとどれくらい、人間からの虐待に耐えられる?



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