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さすらい〜移動と風景を描くヴィム・ヴェンダースのロードムービー

2024.03.06

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『さすらい』(Im Lauf der Zeit/1976)


ヴィム・ヴェンダースが1974〜76年に撮った映画『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』の3本は、「ロードムービー3部作」として映画史の中に刻まれている。

もちろんそれ以前にも、アメリカン・ニュー・シネマに代表されるアウトロー・ムーヴメントの中で、『俺たちに明日はない』(67年)、『イージー・ライダー』(69年)、『真夜中のカウボーイ』(69年)、『アリスのレストラン』(70年)、『断絶』(71年)、『バニシング・ポイント』(71年)、『地獄の逃避行』(73年)、『ペーパー・ムーン』(73年)、『スケアクロウ』(73年)など、優れたロードムービーは数多く作られていた。

ある者は犯した罪から逃れるために移動(逃避行)し、ある者は人に会うために移動(人探し)し、ある者は仕事の都合で移動(商売)し、ある者は愛を喪失して目的もなく移動(放浪)する。ロードムービーとは登場人物が移動することで成り立つ世界でもある。そして自由を謳歌するのではなく、やむを得ず移動しなければならない不自由さもそこにはある。

それでもヴェンダースのロードームービーに強く魅せられるのはなぜだろう? 彼がハリウッドとは距離をおいたドイツ人だからか。モノクロ映像に拘る監督だからか。一つ理由をあげるとするならば、それは“風景”を描く映画人だからかもしれない。

ヴェンダースのロードムービーでは、登場人物よりも“風景”が重要であり主役になる。観る者は同じ旅をしている感覚に包まれ、まるで動く写真集の中にいるような気分にもなる。その“風景”に何を感じられるかが、ヴェンダース映画の美学でもある。

3部作の終章『さすらい』(Im Lauf der Zeit/1976)は、当時の西ドイツと東ドイツの国境周辺の“風景”=リューネブルク〜ホーフまでのルートを先に決めて撮影に入ったと言われている。脚本や台詞は11週間の撮影で移動しながら決めていった。

ヴェンダースは撮影前に自ら土地の写真を撮ることでも有名だが、『さすらい』はアメリカ写真界の伝説的存在であり、ロバート・フランクにも多大な影響を与えたウォーカー・エバンスの1930年代の田舎の土地の写真にインスパアされて始まった。

1945年にドイツで生まれたヴェンダースは、幼い頃からアメリカ文化が大好きで、映画や音楽やコミックに強い関心があったという。学生時代になると、ニコラス・レイ監督によるボウイとキーチの愛と逃避行の物語『夜の人々』(48年)などに出逢う。

ロックもその一つで、長編デビュー作『都市の夏』(70年)はイギリスのバンド、キンクスに捧げられている。さらに1973年夏、ピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ペーパームーン』を観て大きなショックを受けるが、それは仕上げたばかりの少女の旅が絡んだ脚本『都会のアリス』とそっくりだったからだ。

このようにアメリカ文化や“風景”へのオマージュがヴェンダース作品の骨格でもあり、車、テレビ、モーテル、ダイナー、電話ボックス、ガソリンスタンド、広告看板、ネオンサインといったものが登場しない映画は絶対に作らないと言ったほど。

また、孤独な旅が中断され、予期せぬ見知らぬ相棒との出逢いがあり、いつの間にか同じ方向に視線を向けて並んで話す関係が築かれるのも特徴。そして音楽。『さすらい』では移動する途中の車や駅で、ボブ・ディランやロバート・ジョンソンの「Love in Vain」を口ずさんだりするシーンがあるが、“風景”と溶け合う音楽は印象的だ。

二人の男の放浪という、別々の一本の線と一本の線が交差するわずかな日々。『さすらい』はそんな時間を描いた傑作だった。

大型ワゴンを寝床に小さな町の映画館を2年近く巡回している映像技師ブルーノは、ある朝、猛スピードで川の中へ車ごと突っ込む現場を目撃。男はロベルトと言って、妻と離婚したばかりらしい。ブルーノの車で巡回に同行するロベルト。

「妻と別れた」
「昔話は聞きたくないんだ」
「何が聞きたい?」
「今の君のことだよ」
「僕の過去が僕さ」


そんなやり取りをする二人は、映画館で即興劇で子供たちを笑わせたり、閉鎖された鉱山で妻に自殺された男の話を聞いたりする。そしてお互い、生まれ育った故郷の家を訪れる。ロベルトは一人で暮らす印刷屋の父を、ブルーノは廃屋になった母と暮らした家を。自分の原点を見つめ直した二人の心には何かが芽生えていた。いつまでも同じではいられない。物事はいつしか変わってしまう。

「人は変化をやめたら進化することはできない」
「できるなら変わりたい。でも自分を見失えない。女と寝ても孤独しか感じない」
「変化は必然だよ。またいつか会おう」
「頑張るよ」


ロベルトと別れたブルーノは、町の相次ぐ映画館の閉鎖を実感しながら、一つの時代の終わりと新たな決意を想う……ヴェンダースが不朽の名作『パリ、テキサス』を撮るのは、それから7年後だ。


予告編



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*日本公開時チラシ
e152683183.1
*参考文献/「Switch」(1988年8月号)
*このコラムは2015年9月に公開されたものを更新しました。

(こちらもお読みください)
パリ、テキサス〜再会と別離と放浪を描くロードムービーの最高峰

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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