『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(BUENA VISTA SOCIAL CLUB/1999)
ライは常にハバナのことを考えているようだった。懐かしそうな表情で目を輝かせている時、彼の心はハバナにあるのだと感じた。彼はルベーンやコンパイ、イブライムの素晴らしいエピソードを聞かせてくれたり、キューバに関する本や写真を持って来てくれたりした。そしてライに言った。「今度キューバに行く時は必ず知らせて欲しい。私も一緒に行きたいから」
ライ・クーダーがレコーディングを終えてキューバから戻ってくると、ヴィム・ヴェンダースはミックステープをもらい、その音楽に取り憑かれた。それからの数ヶ月は毎日そのテープを聴き続けたという。ライ・クーダーがキューバ国外にはほとんど知られることもなく、今では完全に忘れられた存在だった老ミュージシャンやシンガーたちと共に作り上げたそのアルバムは、1997年に『BUENA VISTA SOCIAL CLUB』としてリリースされる。この作品はライのキャリア史上最高のセールスを記録し、グラミー賞も受賞した。
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」とは、1932〜1962年までキューバの首都ハバナに実在した会員制音楽クラブの名前。社交場と言っても、集まってくるのは普段は僅かな賃金の仕事に就きながら貧しい生活を余儀なくされている人々。彼らは夜になるとそこで、お洒落とラム酒と葉巻、そして音楽やダンスやお喋りを楽しんだ。彼らは品格や希望を決して忘れなかった。
映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(BUENA VISTA SOCIAL CLUB/1999)は、映画作家ヴィム・ヴェンダースが1998年、友人のライ・クーダーと共に撮影クルーを伴ってキューバを訪れて制作した音楽ドキュメンタリー映画だ。いざ現地に入ると、アイデアや撮影技術は消えてしまい、ロケハンも含めてその日その日でこなすことになった。
海岸や植物、カラフルな建物や乗り物、笑顔の人々や子供たちの姿など、風と光を身体に浴びながらハバナの街並をバイクに乗って巡るライ・クーダーと息子のヨアキム。キューバの巨人たちの足跡が染みついた国営レコード公社スタジオでのセッション。そして『BUENA VISTA SOCIAL CLUB』で共演した老ミュージシャンたち各々の音楽や人生がフィルムに収められていく。
カストロやチェ・ゲバラといった革命者がいた町。ヘミングウェイが愛した町。キューバという国の過去と現在が綴られる中、アムステルダムのコンサートや歴史的ステージとなったNYのカーネギー・ホール公演の模様を捉える。
ヴェンダースは、老ミュージシャンたちの素晴らしさをありのまま映してその音楽をダイレクトに伝えること、それだけを心掛けた。技術やアプローチの仕方は重要ではなく、大切なのはカメラの背後に立つ人々の対象への姿勢や想いであり、彼らの謙虚さや寛大さを損なうことなく伝えていくことが美学だった。
それにしても彼らの存在感と言葉の重みに胸を打たれる。例えば“キューバのナット・キング・コール”とも称されるイブライム・フェレール(1927年生まれ)は、レコーディング前は靴磨き職人をやっていた。不遇の時代には「もう歌はやめようと幻滅した。生きていく中で耐えることが多すぎて、歌はたくさんだ。何も得られない」と思ったことがあったと言う。彼はいつも母親の形見であるステッキを手放さない。
90歳を過ぎながらも帽子と葉巻の洒落男、ギタリストのコンパイ・セグンド(1907年生まれ)は“生涯現役”を貫き通す。家にピアノがなかった“キューバ音楽史上3本の指に入るほど偉大なピアニスト”、ルベーン・ゴンサレス(1919年生まれ)。歌いながら涙する女性シンガーのオマーラ・ポルトゥオンド(1930年生まれ)など、奇跡のような面々が同じ音楽に向き合っている。
風景や移動に拘ってきたライ・クーダーとヴィム・ヴェンダースの旅路から生まれたこの音源や映像のプロジェクトをきっかけに、キューバ音楽や文化に多大な貢献をしたにも関わらず忘却の彼方にいた老ミュージシャンやシンガーたちが蘇り、世界中にその魅力が広まった。
心を豊かにしてくれる。優しくしてくれる。生きる歓びを思い出させてくれる。逆境は必ず乗り越えられるということ。愛する人と真っ直ぐに向き合うということ。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は間違いなくそんな体験をさせてくれる。
キューバ音楽の伝説の一人、コンパイ・セグンド
予告編
続編『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・アディオス』が2018年7月20日より全国公開
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』パンフレット
*このコラムは2015年11月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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