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レ・ミゼラブル〜世界中を魅了したロングラン・ミュージカルの映画化と驚きの録音方法

2023.12.23

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『レ・ミゼラブル』(Les Misérables/2012)


1985年のロンドンでの初演以来、世界中を魅了してきた超ロングラン・ミュージカル『レ・ミゼラブル』。1987年にはブロードウェイで開幕。その年のトニー賞8部門を独占し、キャストアルバムも400万枚以上をセールス。2012年の段階で6000万人以上もの動員記録を誇る。ミュージカルに興味がなかったり、観劇する機会がなかった人でも、そのタイトルくらいは耳にしたことはあるはず。

原作は、フランスの作家ヴィクトル・ユゴーが1862年に発表した5部仕立ての大河小説。刊行当時、フランスはナポレオン3世の独裁時代。その政権に反対していたユゴーは、イギリス領の島に亡命中だった。第1部が刊行された直後、パリに滞在中の妻は夫に手紙を送る。

労働者たちが1フラン(工場の日給の半分)ずつ出し合い、12フランで『レ・ミゼラブル』を買いに行きます。みんなでクジ引きをして当たったものが、みんなが回し読みした後に自分のものにできるのだそうです。『レ・ミゼラブル』は社会のあらゆる階層で感動を呼び起こしています。


産業革命が進行すると同時に、都市には劣悪な環境で生きる労働者が増加。飢えと戦っていた。貧困撲滅と社会改革が信念だったユゴーは、壮大な創作に取り組んで変革の物語を人々の心に形成しようとしたのだ。『レ・ミゼラブル』は19世紀の大ベストセラーになった。

当然、映画化もこれまで何度かされてきた。ジャン・ギャバン、ジャン=ポール・ベルモンドらのフランス製作。1998年にはアメリカ製作もされた。そんな中、最高傑作として知られているのがイギリス製作の『レ・ミゼラブル』(Les Misérables/2012)。冒頭のミュージカルの映画化だ。

80年代から映画化の話はあったものの、約30年間実現には至らず。アラン・パーカー、スピルバーグ、オリバー・ストーンなど錚々たる監督たちがメガホンを取る可能性があった。だが、製作者のキャメロン・マッキントッシュは、トム・フーパー監督で成功を確信した。

監督が拘ったのは、歌の録音方法。従来のミュージカル映画の場合、撮影に入る前にあらかじめ歌を収録して現場で口パクを取る方法が当たり前。しかし、今回は俳優たちが演技しながら歌うライブの声を録音するという前代未聞のやり方。

この方法が上手くいくと分かった時は本当に興奮した。テンポやリズムを変えることでちょっとしたバリーエーションを盛り込むなど、俳優たちは役柄になりきった状態で、その場の感情を余すところなく表現できる。その点で臨場感たっぷりのエキサイティングな演技が生まれるというわけなんだ。


キャンティングも秀逸。主演にはヒュー・ジャックマン。その風貌にアクションスターのイメージを持つ人もいるかもしれないが、もともとはミュージカル俳優の実力派。満を持しての出演だった。

オシャレな恋愛映画でお馴染みのアン・ハサウェイは、女優の命とも言うべき長い髪を自らバッサリと切ることを申し出。幼い頃からミュージカルの舞台に立った経験を活かした。

そしてラッセル・クロウ。アカデミー賞主演俳優の彼は、この作品で名声生活から脱却するために、オーディション段階からアクターとしての原点回帰を図った。ずぶ濡れで会場に現れてスタッフを驚かせたそうだ。

オーディション当日、会場まで歩いていこうと思いついたんだ。駆け出しの頃、オーディションの結果に生活がかかっていた時のようにね。ホテルからは遠くて雨がどしゃ降りだったけど、タクシーに乗ったら何だかうまくいかないような気がして。


全編が歌で綴られるこの作品。普通は一つの歌は特定のキャラクターの持ち歌となるが、『レ・ミゼラブル』では同じメロディに異なる歌詞を乗せて他のキャラクターの歌としても使われる。「夢やぶれて(I Dreamed a Dream )」「民衆の歌(The People’s Song)」「オン・マイ・オウン(On My Own)」など、印象深い歌はたくさんある。

──格差と貧困にあえぐ1815年のフランス。ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)はパンを盗んだ罪だけで19年間も投獄された男。ある日、監督官のジャベール(ラッセル・クロウ)から仮釈放を告げられる。だが世間の風当たりは強く、バルジャンは司教の好意に背いて銀の食器を盗み出してしまう。それでも司教から許されたバルジャンは、身も心も新しい人間に生まれ変わること決意。釈放状を破り捨てる。

──1923年。マドレーヌと名前を変えたバルジャンは、工場経営の事業家として成功。人徳を認められて市長にもなっていた。そんな彼の前にジャベールが現れ、仮釈放から逃亡したバルジャンではないかと疑いを持ち始める。一方、工場を不当に解雇されて娼婦に身を落としたファンテーヌ(アン・ハサウェイ)。陰険な里親から娘のコゼットを連れ戻すことができない。

自分の責任を感じたバルジャンは、ファンテーヌの最期を看取る時、コゼットの保護者となることを約束する。そして逮捕に執念を燃やすジャベールを振り切って、コゼットを迎えに行く。第3の人生が始まろうとしていた。

──1832年、パリ。労働者や学生たちは、貧富の格差に不満を募らせて革命の機会を伺っていた。若いマリウスやアンジョルラスは革命運動を牽引。マリウスは街でたまたま見かけた裕福で美しいコゼット(アマンダ・セイフライド)に一目惚れする。マリウスに恋心を抱く貧しいエポニーヌ(サマンサ・バークス)だけが、コゼットの正体を知っていた。幼い頃、一緒にいたからだ。

物語は、革命の中でのジャベールの執拗な追跡、バルジャンのコゼットへの献身、マリウスの愛、エポニーヌの死などが絡み合いながら進んでいく。バルジャンとジャベールという二つの対極的な人生の結末は? そしてコゼットとマリウスの行方は? 圧倒的なクライマックスの感動が待っている。

舞台を観ていない人でも、ユゴーの原作を読んでいなくても、この映画は楽しめる。そして学ぶことができる。自分を偽る生き方を強いられながら、人間としての正しい道を常に求めて実行していくバルジャン。辛い人生はコゼットによって救われ、未来という光を見る。

人間の魂が持つ強さと優しさ、そして真実の愛を謳う『レ・ミゼラブル』。「ああ、無情」という意味を持つタイトルとは逆に、そこには人生の苦難や悲劇に決して屈さず、必死で立ち上がって諦めずに生きていこうとする人間の姿と品位で満ち溢れている。


有名なシーンの一つ「夢やぶれて(I Dreamed a Dream )」。アン・ハサウェイはこのシーンの撮影中、あまりにも役柄に入り込んでしまっていたので、普段なら絶対に無理な高音を出せたという。


『レ・ミゼラブル』

『レ・ミゼラブル』






*日本公開時チラシ
160086_1
*参考・引用/『レ・ミゼラブル』パンフレット
*このコラムは2017年4月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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