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ラモーンズとクラッシュ、そしてキリスト教から「ラディカルさ」を感じ取ったU2

2019.09.22

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2014年にリリースされたU2にとって13枚目のアルバム『Song For Innocence』に収録された「Miracle(Joy Rammone)」は、ボノが初めてラモーンズを聴いた時の衝撃を歌ったものである。

目を覚ました瞬間 その時奇跡が起きたんだ
世界に意味をもたせてくれる曲を聴いたんだよ
これまでになくしたものが 全部今蘇ってきたんだ
最高に美しい音と共に




U2はビートルズのようなロックンロールや、ブルース、カントリーなどのルーツミュージックから影響を受けているバンドとして知られている。
彼ら4人の音楽からは、ラモーンズのようなパンクの影響はあまり感じられないように思えるかもしれない。
しかし、彼らはパンクロックに出会ったことで、ロックに魅せられて音楽の道に進んでいったのだ。

U2が結成されたのは1976年。
アイルランドのダブリンにあるマウント・テンプル高校の学生だったドラマーのラリーは、高校の掲示板にバンドメンバー募集の張り紙を掲示した。
そこに集まったのは、ヴォーカルのポール・ヒューソン、通称ボノと、ギターのジ・エッジことヒューエル・エヴァンス、ベーシストのアダム。
エルヴィス・プレスリーやビートルズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズなどのロックやフォークを好んでいることが共通していた彼らは、60年代のロックやフォークの名曲たちをカバーするところからスタートする。
しかしボノは、ライブを重ねるごとに自分の声への違和感を募らせていた。エルヴィスやディラン、ジョンのようにしゃがれた太い声ではなかったからだ。

「俺ってスクールバンドで活動を始めた当時は皆に『カン高くて弱々しくて女みたいな声だ』ってよくからかわれてたんだよね。だから自分の声が大嫌いだったし、自分が将来バンドのヴォーカルとしてプロになるなんて到底無理だと思ってた」
(rockin’on 2014年2月号より)


そんなとき、地元のダブリンにツアーで来たのがラモーンズだった。
彼らのライブを観に行った時、ボノの考えは大きく変わった。
ジョーイ・ラモーンの甲高くも力強いシャウトが、自分の声と重なって聞こえたのである。



それは一緒にライブを観ていたジ・エッジも同様だった。

「ラモーンズが演奏しているのを観て、その後すぐにザ・クラッシュを観た時、『やった!俺たちだってイケる。あいつらはあれでいくんだから、俺たちは俺たちのやり方でいくぜ』って思ったんだ。可能性の扉が、バーン!と開いた感じがしたね」
(Cicago Tribune 2001年 インタビューより)


パンクの自由さと飾らない空気を肌で感じとった彼らは、そこから大きなヒントを得た。
U2はパンクの精神性で、自分たちの好きな音楽を鳴らしていくことを決意したのだ。

自らのオリジナル楽曲を作り始めたボノが、歌詞を書く上でヒントにしたのはキリスト教の教えだった。
メンバーの4人が通っていたマウント・テンプル高校は、人口の90%以上がカトリック教徒のアイルランドにおいて珍しく、特定の宗派に属さない学校であった。
そのような背景もあり、ボノを含めたメンバーはその教えを自由に、自分なりに解釈しようとしていた。

「キリスト教では、唯一の神に関心がある。たくさんいる神々の一人ではなくて。こりゃあ、”ラディカル”な考え方だろ、宇宙を作った神が、自分に興味を持ってくれてるかもしれないなんて、すごいことじゃないか」

ボノはパンクの精神と同じように、キリスト教を古臭い教えではなく、ラディカルで自由な教えとして捉え直したのである。
U2のデビューアルバム『BOY』の一曲目に収録された「I Will Follow」は、そんなパンクの精神とキリスト教の価値観が融合した楽曲だ。



荒々しいビートと無骨ながらも広がりのあるギターサウンドの中で歌われるのは、一人の男性の内面を俯瞰的に切り取った言葉と、神々しさを感じさせるメロディである。
U2の四人は、パンクとキリスト教のラディカルさを再解釈し、今までのロックンロールにない内省的な歌詞と、力強いサウンドを生み出したのだ。
この作品はリリース当初、あまり注目されることはなかったものの、ここから彼らは世界的なロックバンドへの道を歩み始める。


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