TAP the SONG

ANY DAY NOW、いつの日にか いつの日にか 自由に歌えるさ

2014.08.15

Pocket
LINEで送る

東京のシネスイッチ銀座で4月19日に公開された映画『チョコレートドーナツ(原題・ANY DAY NOW)』は、連日満席のヒットとなり、評判が口コミで伝わって拡大公開が決まり、最終的には日本全国100館を超える劇場で上映された。

同性愛や障害者たちマイノリティへの偏見と差別をテーマとするこの映画で、主人公を演じるアラン・カミングはシンガーになる夢を追いながらも、ショーダンサーとしてままならぬ日々を暮らすという役どころだ。

anydaynow1いつの日にか

物語のラストで失意のアランが歌うロック・スタンダード、「I Shall Be Released(アイ・シャル・ビー・リリースド)」の歌詞からは、 映画のタイトルにもなった“Any Day Now” というフレーズが繰り返されて、最後のメッセージを伝えてくる。
1988年の8月、“Any Day Now”を“いつの日にか” という日本語で、同じ曲に託して己れの無念を歌ったのはRCサクセションの忌野清志郎である。

広島に原子爆弾が投下された8月6日に出るはずだったアルバム『COVERS』が、反核と反原発のメッセージが歌われていることを理由に、親会社の東芝から圧力がかかった東芝EMIが、理不尽にも発売中止の判断を下したのは6月のことだ。

そこから起こった混乱や騒動がおさまらない中でFMの番組に出演した時、その歌がラジオから不意に流れたのだった。


頭のイカれた奴らが 世の中を動かして
この俺の見る夢を 力で押さえつける
陽はまた昇るだろう 東の芝にも 
いつの日にか いつの日にか
自由に歌えるさ

陽はまた昇るだろう このさびれた国にも
いつの日にか いつの日にか
自由を歌えるさ

いつの日にか いつの日にか
自由を・・・

(作詞・作曲 ボブ・ディラン 日本語詞 忌野清志郎)


オリジナルを作詞・作曲したボブ・ディランは、交通事故で重傷を負って休養していた1967年の秋、ニューヨーク郊外のウッドストックにあった「ビッグ・ピンク」と呼ばれる家で、リハーサル・セッションを繰り返していた。

ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」はそのときに、ザ・ホークスと一緒にレコーディングされたのだが、なぜか公式にはリリースされなかった。
まもなくしてザ・ホークスは、ザ・バンドとしてデビューすることになる。

1968年の夏に発表されたファースト・アルバムの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』は、ロック・クラシックとして今ではきわめて高い評価を得ている。

このアルバムを聴いて「あまりの素晴らしさにその場に立ち尽くしてしまった」というエリック・クラプトンは、自分がやっている音楽に恥ずかしささえ覚えたとも述べている。

ジャケットの表紙の絵を描いたのは、ディランだった。

The+Band+-+Music+From+Big+Pink+-+LP+RECORD-501583ビッグピンク

記念すべきアルバムの最後を飾った「アイ・シャル・ビー・リリースト」は、得も言われぬ悲しみを漂わせるリチャード・マニュエルの、ファルセットを活かしたヴォーカルで世界中に知れ渡り、それによって数多くのカヴァーが出ることになった。

ザ・バンドが解散するになって開催された最後のライブは、マーティン・スコセッシ監督によって、1976年にドキュメンタリー映画『ラスト・ワルツ』として作品化された。

そのフィナーレではディランとマニュエルのツイン・ボーカルに、参加者全員がコーラスで加わって大団円を迎える。

ディランを中心に、クラプトンからニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、ヴァン・モリソン、ドクター・ジョン、リンゴ・スター、ロン・ウッド、ボビー・チャールズ、ロニー・ホーキンズ、ポール・バターフィールド、ニール・ダイアモンド、そしてマディ・ウォーターズまでが揃ったパフォーマンスは、映画に残されたことでロック界の伝説となった。


<こちらもお読み下さい>

・反原発ソングとして日本に蘇った「Love Me Tender ( やさしく愛して)」

・TAP the SONG 日本でスタンダードになった、日本語のデイドリーム・ビリーバー

・TAP the STORY 失われた数年間〜エリック・クラプトン



RC SUCCESSION『カバーズ』
USMジャパン

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[TAP the SONG]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑