「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

「雨が空から降れば」~アメリカから輸入されたフォークソングに日本の演劇や現代詩の世界を結びつけた小室等

2018.06.15

Pocket
LINEで送る

小室等は日本にフォークソングという呼び名がなかった頃に、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」を聴いてギターを始めた。
1960年代の初頭にやってきた男性ファッションの新しい流れのなかで、「アイビー」や「コンチ」とともにアメリカから輸入されたのがフォークソングだった。

だからファッショなグルな音楽としてとらえられていましたね。社会的なメッセージという意識は全然なかった。コンサートは、カントリーの人たちと一緒に「ステューデント・フェスティバル」なんてイベントに出ていました。


それから数年が経ち、唐十郎が率いる状況劇場の赤テント芝居では、小室等がほとんどの作品で劇中歌を手がけていた。
フォークシンガーの草分け的な存在だった小室等は1968年に六文銭を結成、プロで音楽活動を続けることを意識し始めた。

「六文銭」は自分たちの中の覚悟として日本語であくまでやろうってことで始めて…。グループ名もあえて日本語にしたわけ。


井上陽水がまったく無名の頃、「アンドレ・カンドレ」の名前でシングル盤を出してデビューしたが、その時の編曲者は小室等だった。

上の写真は音楽史に残る野外フェスティバルとなった、1971年の第3回全日本フォーク・ジャンボリーのときのものである。(撮影・井出情児)

1970年代に入るとテレビの人気時代劇『木枯し紋次郎』などの主題歌などを手がけてヒット曲を出す一方で、六本木自由劇場ではアングラ演劇に自ら出演するなど、一貫して新しいムーブメントのなかで文化を生み出してきた。




1971年に発表された初のソロ・アルバム『私は月には行かないだろう』は、それまでメロディーがついて歌われると考えられていなかった日本の現代詩から、大岡信の「私は月に行かないだろう」、谷川俊太郎の「あげます」、茨木のり子の「12月の歌」などを取り上げて新しい歌にチャレンジしていた。

そのアルバムの1曲めに収録されていて、後に広く知られるようになるのが「雨が空から降れば」だった。

1960年代は若者たちが世界各地で、それまでの価値観や商業主義に束縛されない表現を求めて、さまざまな分野で自由で新しい文化をと生み出していった。
日本でも映画ではヌーベルバーグ、音楽ならばフォークやロックの登場、演劇ではアングラとも呼ばれた小劇場演劇が活況を呈し、若者たちのムーブメントとして注目を集めた。

そうした時期にフォークソングと小劇場演劇が交わったのだが、そこにいたのが小室等や及川恒平である。
「雨が空から降れば」は1970年に上演された「演劇企画集団66」というグループの芝居、『スパイものがたり』の劇中歌として生まれてきた。

劇作家の別役実が書いた歌詞による「雨が空から降れば」は、小室等をリーダーとする六文銭がレパートリーとして歌われていく。
後にシンガー・ソングライターとして活躍する及川恒平が、当時のリード・ヴォーカルだった。

雨が空から降れば 思い出は地面にしみ込む
雨がシトシト降れば 思い出はシトシトにじむ
黒いこうもり傘をさして 街を歩けば
あの街は雨の中 この街も雨の中
電信柱もポストも故郷も 雨の中

しょうがない 雨の日はしょうがない
公園のベンチでひとり おさかなをつれば
おさかなもまた 雨の中
しょうがない 雨の日はしょうがない


日常感があってわかりやすい叙情的な歌に聴こえるが、とちゅうから幻想的な光景をかいまみたような感覚にもとらわれる。

後半の「公園のベンチでひとり おさかなをつれば おさかなもまた 雨の中」という言葉のつらなりは、歌という表現でしか伝えられない日本語の域にまで達している。
しかし歌詞から意味を受け取ろうとする人には、わかるようでよくわからない歌だということになってしまう。

『私は月には行かないだろう』というアルバムは発表当時、残念ながらそれほど多くの人に聴いてもらえた作品ではなかった。
だから「雨が空から降れば」も、しばらくの間は知る人ぞ知るという歌にとどまっていた。

しかしフォークソングを歌っていた若者の間で、雨が地面にしみこむかのように静かに浸透して、吉田拓郎、本田路津子、かぐや姫などがこの作品をカヴァーして歌い継いでいった。
さらには1976年の10月から11月にかけて、「NHKみんなのうた」に取り上げられて幼い子どもやその親たちにも広まった。

小室等は2012年に出演したCS音楽専門チャンネルの番組のなかで、「雨が空から降れば」についてこう述べている。

どんな時でも、この歌はね、全部受け止めてくれるんです。
それはある意味では何も言ってないからだと思うんです。
ただひとつ言ってるのは、しょうがないっていうことだけです。








(注)小室等の発言は、「村田 久夫, 小島 智 (編集)『日本のポピュラー史を語る 時代を映した51人の証言』 シンコー・ミュージック」からの引用です。

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the SONG]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ