1977年6月、27歳になったスティーヴィー・ワンダーはビルボード誌が後援したUCLAでのシンポジウムに出席し、こんな発言している。
あの曲名は最初から思いついていたけど、曲の中ではいろんなミュージシャンを採り上げようと思っていた。素晴らしい仕事を遺したミュージシャンはたくさんいる。でも、すぐに忘れられがちだ。僕は自分の感謝の気持ちを示したかったんだ」
その発言の8ヶ月前…スティーヴィーは18作目となるアルバム『Songs in the Key of Life』を発表し、その中に収録した一曲「Sir Duke(愛するデューク)」を、亡くなったジャズの巨人デューク・エリントンに捧げている。
スティーヴィーはそれまで受けた数多くのインタビューで、尊敬するアーティストとしてデューク・エリントンの名を第一に挙げるほどリスペクトをしていた。
同曲は1977年にシングルカットされ、全米ポップチャート、R&Bチャートともに1位を獲得、さらに全英チャートでも2位を記録する大ヒットとなった。さらにアルバムは、当時全米アルバムチャート14週1位となる大ヒットになり、グラミー賞の最優秀アルバム賞も受賞した。
「(私の曲は)憎しみより愛、戦争より平和、そこに多くの人たちが親近感を抱いてくれるのではないでしょうか」
デューク・エリントンは、1974年5月に75歳で亡くなっている。それはスティーヴィーが17作目のアルバム『Fulfillingness’ First Finale』(1974年)を発表する直前のことだった。それからまもなくして、自分の音楽に多大なる影響を及ぼしたデューク・エリントンを讃える曲を作ろうと考えたという。
デューク・エリントンといえば、ジャズ創成期の時代に作曲家兼バンドリーダー兼ピアニストとして大活躍した偉大なジャズメンである。生涯3000曲以上の音楽制作に携わったレパートリーの中でも、特に「Take the A Train(A列車で行こう)」は、時代を超えて今もなお世界中で親しまれている一曲と言えるだろう。
白人社会がジャズを“下等な娯楽”と考えていた1940年代に、クラシックの殿堂カーネギーホールにおいて初めてジャズコンサートを実現した人物でもある。白人ジャズと黒人ジャズの違いを強調し、自分の作品を“黒人音楽”と呼んで区別していた。「黒人は聴衆を楽しませればいい」という風潮の中で、「我々はアーティストであってエンターテイナーではない」と、毅然と言い放ったというエピソードも残っている。
そんな“姿勢”と類い稀な音楽的才能によって、ステーヴィーを始め後世の黒人ミュージシャン達の精神的支柱となっていく。デューク・エリントンを心から敬愛していたスティーヴィーは、亡きテュークに捧げた曲の歌詞の中に、カウント・ベイシー、ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルドといった黒人音楽家の名前を登場させ、彼らの才能と功績を讃えた。唯一、白人の音楽家グレン・ミラーを登場させたところも、ステーヴィーなりの平和的メッセージがあってのことだったと推測できる。
「盲目であることが不利だなんて思ったことはない。黒人であることを不利だなんて思ったことはない。僕たちは、自分の子供達が人種差別や偏狭、いかなる偏見をも経験しなくていいように、彼らの将来を守らなければならない」
<引用元・参考文献『スティーヴィー・ワンダー ある天才の伝説』スティーヴ・ロッダー (著)大田黒泰之(翻訳)/ブルースインターアクションズ>

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