流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ(前編)
バブル──今から想えば、それはとてつもなく華やかで眩しくて、余りにもワイルドで切なかったパーティのような時代。「平成の序章」とでもいうべきあの頃に戻ろうとする時、一体どんな歌が聴こえてくるのだろう?
だが、カタログのように並べて振り返るだけでは、この時代の音楽は決して鳴り響いてくれない。大切なのは、都市部の街を舞台に心象を描いてきた若い世代の動向を捉えること。当時、人口的にもピークを迎えつつあった若者の視点に立つことによって、ポップカルチャーとしてのバブルの本質が見えてくる。音楽が聴こえてくる。
日本中が踊り狂った“バブル”。そしてそんな時代に刻まれたサウンドトラックとは? ポップカルチャー研究家でもある中野充浩が描き出す。
──第1章 歌い手から“聴き手”の時代へ
1980年代〜90年代の中でも特別な輝きを放っていた数年間──バブルの定義は、一般的には旧経済企画庁がバブル景気と定めた1986年12月~1991年4月の53ヶ月間とされている。その間、大人たちは株や不動産の動向に一喜一憂して、投資という名のマネーゲームに明け暮れていた。
東京の街々には大資本が投下され、遊び心を満たしてくれるスポットやオシャレな店が空間プロデュースの名のもとに乱立。建設中のインテリジェンスビルも至る所で背を伸ばし始めた。都市化が謳われた東京は、日本だけでなく世界中からの情報を一極集中させようとする。こうして巨大なメディアとしての「TOKYO」が誕生した。
そんな時代のヴィジュアルイメージを担ったのは、TOKYOを舞台に行き来する情報や流行に最も敏感だった10代や20代の若者たち。
誰もが次々と起こるムーヴメントやファッション、スタイリッシュな夜遊びや恋愛に次第に心を奪われるようになり、気がつけば消費マーケットの中心に祭り上げられた。札束とかくれんぼしていたような大人たちは、若い世代が集う渋谷や六本木に漂う甘い空気が、一夜にして大金に化けることを知っていたのだ。
音楽業界もこの空気や光景をいかに嗅ぎ付けるかが重要になってきた。いつまでもTVの音楽番組やバラエティ番組といったマスメディアから発信される“作られたアイドル”を提供するだけでは、新しい時代の中で特別な青春を謳歌しようとする若い世代の気分を捉えられるはずがなかった。
そしてTOKYOというパラレルワールド(同時並行世界)において、主役は歌い手ではなく、“聴き手”に他ならなかった。
もっとしっかりしてよ
ロマンチックへ逃げ込まないで
…(中略)…
もっとハッキリしてよ
私フレンド? 恋人? どっち?
1987年春、BaBe(ベイブ)という女の子デュオによるデビュー曲「Give Me Up」が、ティーン層を中心にたちまち人気を得る。憧れの夜遊びであるディスコという光景とスタイリッシュな恋愛という気分を捉えた、バブル80’sというパーティへの陽気なウェルカムソングのように聴こえた。
これはマイケル・フォーチュナティというイタリアのユーロビート歌手のカバーで、当時最先端の夜遊びの場であった宮殿ディスコ(麻布十番マハラジャ、六本木エリア、青山キング&クイーンなど。店が客を選ぶ時代の出逢いの場)では、“お約束”のように鳴り響いていた有名な曲でもあった。
1987年という魔法は、ある夜18歳の女の子に
ワンレン髪と高級ブランドのボディコンスーツを与えました。
そしてドイツ車という馬車で送迎した先は、きらびやかな宮殿でした。
そこではユーロビートの大舞踏会が催されていたのです。
この年の眠れぬ夜のお伽噺といったところだが、つまり、その頃のヒットチャートを売り上げだけで独占していたおニャン子クラブのような歌では、シンデレラたちは新しい時代に必要なステップを踏むことはできなかった。
ユーロビート(前身はハイエナジーと呼ばれた)のカバーは、バブル時代の青春を彩る最初のサウンドトラックとして記憶されるべきだろう。
荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」(1985年)や長山洋子の「ヴィーナス」(1986年)などはすでによく知られていたし、カイリー・ミノーグの「Turn It Into Love」を原曲としたWink(ウィンク)の「愛が止まらない」(1988年)はこの路線による最大のヒットとなった。
──第2章 必要なのはラブソングとストーリー
流行都市TOKYOには、“遊ばなきゃ願望”の強い若者たちが増殖した。例えば、第二次ベビーブームによる若者人口増加という世代運命的な要素もあり、受験の狂騒化を必死にくぐり抜けて来た大学生たち。空前の売り手市場だったお気楽な就職活動もあって、“大学デビュー”する(サークルやディスコで遊び始める)ことは必須科目だった。
さらに好景気な時代の恩恵を受けてボーナスも3桁が当たり前だった時代。イタリア製のスーツを着て出勤していたようなサラリーマンやOLたちも、“ヤンエグ”とか“ニューリッチ”などという仮面を被りながら、異性コミュニケーション手段としてのレストランや夜遊び事情にやたらと詳しくなり始めていた。
男は虚飾と無意味さをどこまで気取れるか、女はそんな男を操りながら自分がいかに楽しむかというゲーム/マニュアル的恋愛に浸ることがクールになった。TOKYOでは“遊ばなきゃ願望”の強い者たちこそが、若者文化の主役に躍り出る(高校生はこの時代はまだ脇役)。ブランド主義に徹していた彼らが一番恐れたのは、言うまでもなく流行に遅れてしまうことだった。
それにはとにかくラブソングとストーリーが必要だ。そんなニーズを満たしたのが、1988年から始まったトレンディドラマだった。
出演したW浅野(浅野温子・浅野ゆう子)や今井美樹や工藤静香らはファッション雑誌の表紙の常連となり、ドラマ中の彼女たちのファッションやヘアメイク、登場する店(雑誌『Hanako』の創刊もこの頃)、家電やインテリア、言葉遣いや仕草からスクランブルする恋愛まですべてが“いい女の在り方”として、昼間のオフィス街やアフターファイブでシンクロされるようになった。
主題歌も当然のようにヒットを連発。トレンディドラマの元祖と言われた『男女7人夏物語』では石井明美の「CHA-CHA-CHA」(1986年)、続編の『男女7人秋物語』では森川由加里の「SHOW ME」(1987年) がディスコのダンスフロアと絡み合いながら話題(どちらも洋楽のカバー)になったのを皮切りに、W浅野が共演した『抱きしめたい!』ではカルロス・トシキ&オメガトライブの「アクアマリンのままでいて」(1988年)、『恋のパラダイス』では氷室京介の「JELOUSYを眠らせて」(1990年)など枚挙にいとまがない。
そんな中、『世界で一番君が好き!』の主題歌だったLINDBERG(リンドバーグ)の「今すぐKiss Me」(1990年)は、バブル時代の絶対的なラブソングとして爽やかな余韻を残した。
ドキドキすること
やめられない
…(中略)…
今すぐKiss Me
Go Away I Miss You
まっすぐに I Love You So
ガールズバンドや女性ロックヴォーカルものも、この時期のメインストリームの青春サウンドトラックには欠かせない。
1987年〜1991年の間には、都内のライブハウスやインディーズ、原宿のホコ天やTVのイカ天を根源とするバンドブームも起こったが、TOKYOという世界の中では所詮「サブカルチャーの域、パーティの外」という印象が強かった(そういう意味では長渕剛や限りなくTVスターの光GENJIも同様だった)。
しかし、リンドバーグの渡瀬マキが象徴するように、女性が立つだけでそのイメージは薄れ、一気にマジョリティな恋愛アンセムとなってしまう。女性バンドとして初めて武道館コンサートを行ったプリンセス・プリセンスの「Diamonds」(1989年)は、そんな現象の頂点だった。
ダイアモンドだね
AH AH いくつかの場面
AH AH うまく言えないけれど
宝物だよ
あの時感じた
AH AH 予感は本物
AH 今 私を動かしてる
そんな気持ち
後編(第3〜4章)につづく。こちらから。
平成の日本音楽シーンについてはこちらの本がオススメ
『うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来』
日本の歌と歴史を時代別/テーマ別に綴った書籍。TAP the POPのメンバーも執筆。「流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ」「コギャルの時代に奏でられたティーンエイジ・シンフォニー」などを収録。1982〜2013年の音楽利用ランキングデータは資料性が高い。
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*このコラムは『うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来』収録の「流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ」(中野充浩著)を再構築し、一部加筆しました。
*東京ポップカルチャー研究家/都市生活コラムニスト・中野充浩によるこちらのコラムもぜひお読みください(note/外部サイト)
Tokyo Pop Culture Story〜東京に描かれた時代と世代の物語1970-2020
【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
https://www.wildflowers.jp/profile/
http://www.tapthepop.net/author/nakano
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