アルバム『Rain Dogs』は、1985年にトム・ウェイツがリリースした名盤だ。“レイン・ドッグ”とは、雨で匂いが消えてしまい家に帰れなくなった迷い犬のことで、解釈によっては浮浪者やホーボーといった意味も含まれる。
印象的なジャケットに写っている男は(雰囲気が本人に似ているのだが)、実はトム・ウェイツではない。ストックホルム出身の写真家アンダース・ぺーターセンが、ハンブルグのバーでのナイトライフを撮ったシリーズ作品から起用されたもの。
この一枚の写真に魅せられたトムは、ジャケットについてこんなことを語っている。
「写真はダイアン・アーバス(48歳で自殺した伝説の女流写真家)の作品とどこか通ずるものがあった。酔いどれ水兵がイカれた売春婦に抱かれる姿。女はケラケラ笑っているけど…男はすっかり酔いがさめていた。俺はこの写真を初めて見た時、しばらく釘付けになった」
本作は発売当時あまりヒットしなかったらしいが、後にトムの代表作の一つとなる。アメリカの音楽メディア“ピッチフォーク(Pitchfork)”が選出した80年代トップアルバム100枚で8位に選ばれている。ローリングストーン誌は、アルバムの完成度を高く評価し、こんなコメントを出した。
「ストリートに築かれた悲劇の王国の肖像として、これ以上のものはない」
また、R.E.M.のマイケル・スタイプは、当時、特に愛聴したアルバムとして本作を挙げている。アルバムを聴いたU2のボノは、こんな言葉で賞賛したという。
「どうしてトム・ウェイツがアイリッシュじゃないんだ!」
エルヴィス・コステロは、インタビューでこんな事を語っている。
「『Rain Dogs』と『Swordfishtrombones』が世に出た時、なんて大胆な変身だろうと思ったよ。彼には完全に定着したイメージがあったからね。ケルアックやブコウスキーの影響を受けたヒップなテイストが売りだったし、音楽的にもビートジェネレーションのジャズの匂いがムンムンだった。ところが突然、ハウリン・ウルフやチャールズ・アイヴスみたいな音楽をやりだした。正直、彼がうらやましかったよ。音楽ももちろんだけど、すっかり安住したかに見えていたスタイルから脱して、自分を書きかえる能力には感服したよ。とても勇気のいることだからね。音楽の良さがわからない連中には、A面もB面もまったく同じように聴こえるだろうな」
70年代、ピアノの弾き語りスタイルで“酔いどれ詩人”的なイメージでシーンに登場した彼が、ギターサウンドを打ち出したアルバムとしても注目を集めた。
彼は、この作品を製作するにあって名うてのミュージシャンたちへ声をかけた。クレジットを見ると、一連のトム・ウェイツ作品でお馴染のギタリスト、マーク・リボーを筆頭に、クリス・スペディング、G.E.スミス(ホール&オーツのサポートギター)、ロバート・クワイン(元リチャード・ヘル&ヴォイドイス)、ボブ・ディランのサポート・ベーシストのトニー・ガルニエ、キング・クリムゾンのトニー・レヴィン、ホール&オーツのサポートドラマーであるミッキー・カリーという実力派が名を連ねている。
そして、なんと言ってもローリング・ストーンズからキース・リチャーズが参加したことが大きな話題となった。当時のインタビューで「どうやってキースを口説いたのか?」と質問される度に、トムはこんな風にはぐらかしていたという。
「俺達は親戚だったのにずっと気づかなかった。最初はランジェリーショップで出会ったんだ。二人ともかみさんのブラジャーを買いにきてて…いや、そうじゃなくて、実はキースが俺にしょっちゅう金を借りにくるもんだから、いいかげん歯止めをかけなきゃヤバいと思ったのさ」
アルバム発表から20年後の2005年、トムはイギリスの音楽誌『MOJO』のインタビューで事の経緯を語っている。
「俺がニューヨークに引っ越した頃、確か誰かに訊かれたんだ。“今度のレコーディングでは誰にギターを弾いて欲しい?”ってね。俺は迷わずこう答えたんだ。“キース・リチャーズだ!俺はストーンズの大、大、大ファンだからさ!” そうすると向こうはこう言ったんだ。“すぐに連絡を取ろう!”俺は慌てたよ。“おいおい、やめとけって!冗談なんだから!”ってね。それから二週間くらい経ってキースからメッセージが届いたんだ。“もう待たされるのはゴメンだ!躍ろうぜ!(キースより)”ってね」
参加を快諾したキースは、レコーディング当日、トラック数台分もの楽器やアンプ類を持参してスタジオに現れ、トムやスタッフを仰天させたという。
本作でのセッションで、キースもまた得るものがあったらしく、当時ニューヨークでレコーディング中だったストーンズの新作アルバム『Dirty Work』に参加しないか?とトムを誘う。
翌1986年に発表されたその作品でトムは、ボブ&アールの往年のヒット曲「Harlem Shuffle」でバッキングボーカルとして参加している。両者の交流はその後も続き…作品等で幾度かの共演を果たしながら現在もお互いにリスペクトしあっている。
<引用元・参考文献『素面の、酔いどれ天使』パトリック・ハンフリーズ(著)金原瑞人(訳)/東邦出版>

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執筆者
【佐々木モトアキ プロフィール】
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