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Autumn In New York(ニューヨークの秋)〜天才作曲家ガーシュウィンの愛弟子が書いた秋の名曲

2025.10.24

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ジャズのスタンダード・ナンバーとして人気の高い名曲「Autumn In New York(ニューヨークの秋)」は、作曲家ヴァーノン・デュークが作詞も手掛けた作品で、1934年に書き下ろされたもの。同年に公開されたミュージカル『Thumbs Up!』の劇中歌として使用されたのが初出だと言われている。

時を経て、13年後にフランク・シナトラがヒットさせたのをきっかけに、50年代以降、多くのジャズ・ポピュラー歌手が取り上げるようになった。


天才作曲家ジョージ・ガーシュウィンの愛弟子としても知られている、作者のヴァーノン・デュークとは一体どんな人だったのだろう?

1903年、ロシアで生まれた彼の本名は、ヴラジーミル・アレクサンドロヴィチ・ドゥケーリスキーという。家系はグルジア系、オーストリア系、スペイン系の血を引いており、祖母がロシア帝国の貴族で、御曹司として生まれたヴァーノンは、幼い頃からキエフ音楽院でクラシックを学ぶ。同級生には、あの“鍵盤の魔術師”ヴラジーミル・ホロウィッツがいた。

混沌とした時代の中、ロシア革命を逃れ、イスタンブール避難し、そこで詩人として活動を始める。そして1921年にはアメリカに亡命。以降、祖国を追われて、ロンドン、パリ、NYを股にかけた“国際人”となり、芸術やファッションの先端を行くセレブたちと親交を深める。交遊関係の中には、ピカソやジャン・コクトー、ココ・シャネルなどもいた。

1929年、26歳の時、ガーシュインにその才能を見出され、“ヴァーノン・デューク”と名乗るようになり、ブロードウェイ・ミュージカルの曲を手掛けるようになる。

平行して、クラシック界では本名を英語読みにした“ウラディミール・デュケルスキー”として活躍し、パリで大ブームを巻き起こしたディアギレフのロシアバレエ団のために作曲をしたりもしている。

この「Autumn In New York(ニューヨークの秋)」は、コネチカットで休暇を過ごしていたときに書いたといわれている。


カム・フライ・ウィズ・ミー

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