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TOKYO音楽酒場

【15軒目】浅草・HUB──下町にニューオーリンズ・ジャズの灯を点し続けるパブ

2015.03.10

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いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく連載「TOKYO音楽酒場」。今回は、下町・浅草でジャズやスウィングの生演奏を聴きながら気軽に酔える、ビールの美味しい酒場を紹介します。

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一年を通して観光客であふれる浅草・雷門通り。街のシンボルである大きな提灯を右手に眺めながらアーケードを歩く。演歌や歌謡曲などの品揃えが素晴らしいレコード店〈音のヨーロー堂〉を通り過ぎ、オレンジ通りとの交差点を右に曲がる。ひとつめの角を左に折れると、食通街と呼ばれる路地に入る。寿司、ふぐ料理、洋食と旨そうな店が軒を連ねる小道を歩いていくと、国際通りに突き当たる手前に今回訪れる〈HUB(ハブ)浅草店〉の赤いネオンサインが見えてくる。

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HUBといえば、首都圏を中心にチェーン展開している英国風パブ。そう、あのHUBである。美味しいビールとブリティッシュ・パブの雰囲気を手軽に味わえることで人気のHUBだが、この浅草店だけは他の店舗とちょっと趣が異なる。店内にはステージが常設され、グランドピアノやドラムセットも備えるこの店では、夜毎生演奏によるジャズのライブが繰り広げられているのだ。90店舗ほどあるチェーン店の中には、ライブやDJイベントなどが不定期に開催されるお店も数軒あるが、年中無休で連日連夜ライブがブッキングされているのは、ここ浅草店のみである。

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「お店が出来たのは、25年前の1990年。開店当初から生演奏のライブを行っています。当時はなかなかお客様が入らないこともあったと聞きますが、今はジャズの生演奏が楽しめるお店として定着しています。地元にお住まいでふらっと飲みに来る方も多くいらっしゃいますし、出演するバンドやミュージシャンのファンの方もいらっしゃいますし、割合としては半々くらいですかね」(HUB浅草店 店長・若松映さん)

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もちろんHUBなので、ビールの美味しさは折り紙付き。オリジナルの〈ハブエール〉はエールならではの苦みとフルーティな薫りがありながら、後味がとてもすっきりしていていて、何杯でもいけそうな飲み口。真鱈の旨味が活きた〈一口フィッシュ&チップス〉とも、とてもよく合う。メニューは他の店舗と多少異なるが、浅草店のみの独自メニューや、季節限定のフードやドリンクも用意される。フレンチクォーターの目抜き通りを名前に冠した〈バーボンストリート〉は、フレッシュミントとオレンジの風味を利かせたバーボンベースのカクテル。この店でしか飲めない一杯だ。

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ニューオーリンズ・ジャズやデキシー、スウィング、ジャイヴを中心とする出演バンドのラインナップには、〈薗田憲一とデキシーキングス〉のような大ベテランから、ビッグバンド=ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドのコンボ編成〈ジェントル・フォレスト5〉や〈ブラッデスト・サキソフォン〉〈カンザスシティバンド〉、浅草でストリートライブを行う〈ワンタイムブラスバンド〉や〈東京大衆歌謡楽団〉など(比較的)若い世代のバンドも名を連ね、次世代にジャズをつなげようという店の心意気が伺えるブッキングが魅力だ。

「うちの店では30代、40代はまだまだ若い世代ですから(笑)」(若松さん)

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取材当日ライブを行っていたのは、かつてブラックボトムブラスバンドで活躍していたトランペット奏者・黄啓傑とドラマー・木村純士、そしてバンバンバザールの活動でも知られるギタリスト・富永寛之らによる〈ブルームーンカルテット〉のライブが行われていた(註:この日、ベースの工藤精は欠席。サポートに田野重松が参加)。ジャズやスウィングから歌謡曲まで縦横無尽に演奏する軽音楽楽団である彼らは、2ヶ月に一度、第3木曜日にレギュラー出演している。この日はお店でマルディグラ・フェアが展開されていたこともあって、ニューオーリンズ・ジャズを色濃く打ち出したセットリストを聴かせてくれた。メンバーはHUB浅草店の印象についてこう語る。

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「日本で一番ニューオーリンズに近い場所じゃないですかね? これだけ気軽にライブが聴ける店もなかなかないし、この敷居の低さと雰囲気が実にニューオーリンズっぽい。浅草っていう街自体が、ちょっと特殊じゃないですか。そこでジャズを生演奏で聴けるっていうのはなかなかいいですよね」(黄啓傑さん)

「みんな普通に飲みに来てるんですよ。そういうお客さんの前で演奏して、このバンドいいなとか、このバンドだめだなって思ってもらう感じが、アメリカのリアルな音楽シーンと似てるし、だからこそかしこまった〈おジャズ〉にならないんだと思います」(富永寛之さん)

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しかし、なぜHUB浅草店が、これほどにも音楽に特化した店になったのか? それは、ここ浅草とニューオーリンズとのつながりが強く影響している──浅草には、飲食店などを経営するお店の女将たちによる〈浅草おかみさん会〉という組合がある。おかみさんたちの厚い人情とパワフルな実行力で〈浅草サンバカーニバル〉などのイベントを立ち上げたりと、行政を巻き込みながら、様々な形で町おこしに一役買ってきた。そんな浅草おかみさん会が30年ほど前、視察旅行でたまたま立ち寄ったのがニューオーリンズだった。多様な文化が入り混じって熟成された歴史と伝統を色濃く残した街並み/街中に音楽があふれ、芸能が地域に根付いている文化的背景/美味しい料理があちこちで食べられるグルメタウン……ニューオーリンズに浅草との共通点をいくつも見出したおかみさんたちは、ジャズで浅草をさらに活性化しようと、1987年に〈浅草ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル〉を開催。現地から著名なミュージシャンも招聘し、浅草公会堂や街中の店舗などの会場で10日間ぶっ続けで行われたフェスティバルは好評を集め、以降、毎年続く人気イベントとなった。

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その視察旅行のアテンドにはじまり、第1回からフェスティバルの企画制作に関わってきたのが、現在もHUBのブッキング・マネージャーを務めている東海林幹雄さん。20代の頃に旅したニューオーリンズの魅力に取り憑かれてしまった東海林さんは、彼の地と浅草の文化交流の橋渡し的な役割を果たし、ニューオーリンズ市から名誉市民ならぬ〈名誉大使〉の称号を与えられたという人物だ。自身もピアニストとして参加する〈ニューオリンズジャズハウンズ〉でもHUBのステージに立っている。

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「第1回が成功したことで毎年開催されることになったんだけど、第3回からは私が制作もすべて任されるようになったんです。さらにおかみさん会は、浅草にジャズを根付かせようと、拠点となるハコを作るために、後見人的な存在だったダイエー会長(当時)の中内㓛さんに相談したんですね。中内さんは当時ダイエーの傘下だったHUBを、ライブも行える店として浅草にオープンさせた。おかみさん会の会長から、ダイエーの中内さんを紹介してもらった時のことを今も憶えてるんだけど、『ダイエーは儲け至上主義のように思われるかもしれないが、文化の発祥地となる展開も考えている。そこで、ひとつやってくれ』と頼まれて。その意気込みに惚れて、ライブのブッキングやプロデュースもお引き受けすることにしたんです」(東海林幹雄さん)

その後、HUBはダイエー傘下から離れ、以降親会社も何度か変わったが(現在は株式会社ハブが運営)、ジャズのライブを毎日行う浅草店独自のスタイルは貫かれたままだ。

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「もともとはニューオーリンズ系統のライブが聴けるお店ということではじまって、今もニューオーリンズやデキシー、スウィングなどのライブが多いけれど、それだけだとお客の層が限られてしまいますからね。音楽はジャンル問わず、いいものはいいですから。ライブハウスっていうのは、いろんな音楽を提供しようっていう姿勢がないとね。あと、ふらっと遊びに来たミュージシャンが飛び入りで参加したり、音の交流も楽しめるのがこの店の特徴。ライブハウスによっては、そういうのを嫌うところも多いけれど、ニューオーリンズのクラブなんかは日常茶飯事ですから。この店については、それもウェルカムです」(東海林さん)

この日も、ブルームーンカルテットと交流の深いシンガー・ソングライター矢野絢子さんがお店に遊びに来ていて、3rd Stageに飛び入り。オリジナルの訳詞が素晴らしい「What A Wonderful World」など数曲をセッションした。

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「最近、毎日最後の回(3rd Stage)のみ、ノーチャージにしたんです。浅草も海外からの観光客が増えてきているので、ノーチャージの時間帯に入っていらっしゃる外国人のお客様も多いですね。ジャズのライブをやってる他のお店に比べたら、敷居は低いと思うんです。ジャズ好きじゃないと入れないってわけでもなく、どなたでも気軽に楽しんでいただけるかと思います」(若松さん)

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思えば、浅草の演芸場ではジャイブやデキシーを下地にした歌謡漫談やボーイズ演芸が昔から愛され続けてきた。そんな浅草という街だからこそ、生活を潤す楽しみのひとつとしてフラットにジャズを愛し、そして、気が向けばふらっと立ち寄れる日常の習慣に位置するような音楽酒場が生まれ、長く続いてきたのかもしれない。

「うん。面白いといえば面白いし、なるべくしてなったというかね(笑)」(東海林さん)

撮影/相澤心也


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HUB浅草店
東京都台東区浅草1-12-2 1F
18:00~23:30(月~土)
17:00~22:30(日)
無休
03-3843-1254
ライブ・スケジュールなど、詳しくは HUB浅草店HP にてご確認ください。


ブルームーンカルテット『end of the beginning~ときめきの果てに』

ブルームーンカルテット
『end of the beginning~ときめきの果てに』

(blue film production)


ブルームーンカルテット Live Schedule
3月13日(金) 長野・志賀高原 総合会館98 「SNOW MONKEY BEER LIVE 2015 」
3月20日(金)東京・西麻布 音楽実験室 新世界 w/グレース・マーヤ(vo)
4月3日(金)神奈川・横須賀 MOAI & CAPY
4月5日(日)兵庫・神戸 SLOPE「第7回 我が麗しき音楽”大人のお花見”フェスティバル2015」
4月9日(木)東京・浅草 HUB
4月11日(土)東京・恵比寿 ザ・ガーデンルーム「Rockin’ Jivin’ Swingin’ Special!」
詳しくは ブルームーンカルテット official blog にてご確認ください。

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