いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく連載「TOKYO音楽酒場」。今回は渋谷センター街にある、ブリティッシュ・ロックとフットボール、そして美味しいビールの数々を楽しめる、本格派ブリティッシュ・パブを紹介します。
昼夜を問わず、多くの人であふれる渋谷センター街。2年前にバスケットボールストリートといきなり名付けられたが、バスケ選手っぽい若者が増えた気配もなく、ここ数年は外国人観光客が急増している。そのセンター街を真っ直ぐ進み、24時間営業のハンバーガーショップや大阪の有名ラーメン店チェーンを過ぎたあたりで見上げると、大きなユニオンジャックが目に留まる。モザイクで外壁を覆われた雑居ビルの3階に、今回訪れる〈THE ALDGATE(ジ・オールゲイト)〉がある。
木のドアを開けると、ロンドン郊外のパブに紛れ込んだような気分になる。チューダー様式に内装を施した店内には、イギリスのビールや酒にまつわる小物がいくつも飾られ、思わず吹き出してしまうシャレの効いたメニューボードや注意書きがあちこちに貼ってあって楽しい。そんなこの店、先日めでたく20周年を迎えた。二日間にわたって開催されたアニバーサリー・イベントは、多くの常連客で賑わったという。
「渋谷のど真ん中だから、私なんかが経営してもなんとか続いてるんじゃないですかね(笑)。ちょっと店がわかりにくいと思うんですけど、一度来てもらえれば利便性もいいのでね。お客さんの多くはリピーターです。まぁ、20年もやってれば常連も出来ますよ(笑)」
謙遜して語るのは、この店のオーナー花香裕之さん。20年前にブリティッシュ・パブとしてオープンする以前は、別の形態で営業していたという。
「もともとはロック・バーをやってたんですよ。レコードをかけるだけじゃなく、ライブも入ったりする形態で7年間やってましたね。ただ、ロック・バーだと食事がメインにはならないし、売上げ的にも頭打ちになる。じゃあ、どうしようかと考えた時に、ブリティッシュ・ロックが好きなんで、ブリティッシュ・パブにしようと。ロックにビールにフットボール中継、イギリスの料理……と、お店の売りとなるコンセプトを増やしていったんです」
THE ALDGATEでは、お店のオリジナル・ブランド〈ALDGATE ALE〉をはじめ、レギュラー・ビールが14種類に、期間によって変わるゲスト・ビールと合わせて、国内・海外の銘柄を常時20種類前後揃えている。ずらりと並んだタップを眺めるだけでも、ビール好きにはたまらない。
「カウンターの外からではわからないですが、タップの裏はウォークインの冷蔵庫になっていて。常温だと2、3日で味が変化してしまうところが、このシステムなら2~3週間は風味が保てるので、いろんな種類を揃えられるんです。オープン当初は5タップ程度でしたが、10年ぐらい前から今のようなシステムになって。でも、10年前ですらこういうビアパブっていうと、ウチか両国の〈ポパイ〉さんぐらいでしたからね。今はどれぐらいあるかわからないけど(笑)」(花香さん)
今でこそ、THE ALDGATEのようなビアパブも増えたし、昨今のクラフトビア・ブームを反映して数十種類の銘柄を揃える店も多くなった。
「最近はとくにアメリカの銘柄が増えてますよね。扱う店も増えたし、ウチよりタップが多い店もあるから、そういうのは他に任せて(笑)。20年前なんて、ギネスの生がやっと入ってきた時代で、しかも30L樽だから扱える店も限られてましたからね。それからしばらくは大手メーカーさんが取り扱ってる輸入ビールしか出せなかったけど、ちょうど20年前に法改正があって、日本でも地ビールを作りやすくなったんです。日本のブリュワーさんも増えてますし、質も上がってきてる。個人的に気に入ってるのは、伊勢角屋麦酒のペールエール。さっぱりした飲み口で、苦みも効いててキリッとした味わいが美味しいんです」(花香さん)
ビールだけではなく、THE ALDGATEでは本場イギリスのパブで食べられるようなフード・メニューも充実している。フィッシュ&チップスはもちろん、ソーセージのプディングや(パブなのに)イングリッシュ・ブレックファストなど、ユニークなメニューが並ぶ。オススメはコーニッシュ・パスティというパイ料理。
「コーニッシュ・パスティは、コンウォール地方の郷土料理なんですが、日本で食べられる店はほとんどないんじゃないですかね。イギリスでは駅の売店でも普通に売ってたりするぐらい、ポピュラーな食べ物なんですが、これは味もこだわりをもって作ってます」(花香さん)
サクサクした食感のパイ生地の中には、ひき肉とポテトの具がみっちりと詰まっていて、食べごたえのある一品。お店ではドクターの名で親しまれているシェフも、コーニッシュ・パスティのこだわりについて語る。
「まずは生地の硬さと、あとは中身ですね。練り加減によってはボロボロになっちゃったりするんで、その辺は気をつかいますね」(ドクターさん)
フィッシュ&チップスもそうだが、一皿ごとのポーションが多いのも嬉しい。これなら海外からのお客さんも、満足のいくボリュームだろう。THE ALDGATEはもともと外国人客をターゲットにしていることもあり、今も客の6~7割が日本で働く外国人や、海外からの観光客だという。フロアで働くのも外国人スタッフだ。イタリア人の男性スタッフ=ダニーさんは、スタッフの中でも一番の古株である。
「ずっと続けて在籍していたわけではないんですが、最初に働いたのは12年前。その時はほとんど日本語しゃべれなかったんですけど、バイトを募集していたので入ってみたら、アットホームな雰囲気がすごくよくて。ここでいっぱい友達も出来て、ビールも詳しくなって。もともとロックは好きだけど、どのジャンルが一番好きかっていうのは選べないですね。でも、イタリアってプログレッシヴ・ロックが流行ってたんで、最初はそこでお客さんと話があって。昔から来てるお客さんには、音楽に詳しい人も多いから、いろいろ教えてもらったり。日本人って、マニアックですよね(笑)」(ダニーさん)
70年代〜80年代のブリティッシュ・ロックを中心に、幅広くロックを流してくれるTHE ALDGATE。6000枚以上あるアナログレコードとCDは、ほとんどがドクターさんと花香さんの私物だそう。
「僕はもともとブリティッシュ・ロックが好きで。一番好きなのは70年代のレッド・ツェッペリンとかそのへんになるかな。お店でかける傾向……うーん、まずはあまり尖った音楽はかけない(笑)」(ドクターさん)
「わりと最近のものまでかけるから、70~80年代に限ったわけではないですね。僕は昔からいろんな音楽を聞いてたんですけど、プログレだったり、ブリティッシュのハードロックやヘヴィメタルが好きになって。気付いたら、好きなものがイギリスに偏ってましたね(笑)」(花香さん)
そんな二人に店のレコード棚から、お気に入りのアルバムを1枚ずつ選んでもらった。花香さんはブラック・サバス『Vol.4』(1972年)、ドクターさんはキンクス『Muswell Hillbilies』(1971年)をチョイス。
「キンクスだとやっぱり〈You Really Got Me〉が有名だけど、一番人気のない頃のこのアルバムもいいんですよ。ジャケットにパブが写ってて、内側を見るとそのパブが潰れちゃってるっていうね(笑)」(ドクターさん)
そんな感じで、お店の人たちとロック談義に花を咲かせるのも楽しみの一つだろう。最後に、ブリティッシュ・ロック好きが高じてブリティッシュ・パブを開くまでになった花香さんに、愛してやまないパブの魅力について訊いた。
「イギリスに行くと、パブが普通の生活の一部になってるんですよね。向こうでパブに行って感じるのは、何百年も前から建物や内装から残ってる店がいっぱいある。そんな雰囲気のある場所で、チャージもかからず安い値段で1杯飲んで、他に回れる。もう酒呑みにとって、こんな楽しいことはないですよね(笑)。向こうの人にとっては日常なのかもしれないけど、私にとってはディズニーランドみたいな感覚なんですよ」(花香さん)
イギリスの現地にあるパブに比べたら、20年という月日はまだまだ短いものかもしれない。しかし、店子の移り変わりが激しい渋谷センター街の真ん中にあって、本格的なブリティッシュ・パブがこれほど長く愛されているというのは喜ばしいことだ。センター街の若すぎるノリとは無縁に、ロックとビールとフットボールが好きな大人がワイワイと楽しみながら飲めるTHE ALDGATEは、これからもこの場所でじっくりと時を刻んでいくことだろう。
撮影/相澤心也
THE ALDGATE
渋谷区宇田川町30-4 新岩崎ビル3F
03-3462-2983
月〜金 18:00〜26:00
土・日・祝 17:00~26:00 無休
http://www.the-aldgate.com/
http://www.the-aldgate.com/index2.htm