妥協しない本物の職人の仕事は、積み重ねられていく日常のなかで使われることに価値がある。卓越した技と美を具現化した作品は、後世になって発見されることで、一気に評価が高まることが起こり得る。
日頃から匿名でいい仕事をするのが基本だという山下達郎が、職人と仕事について語った言葉を紹介したい。
本物の職人技を見ると心底感動します。きっとそういう職人たちは有名になることにはこだわりがないでしょう。人の役に立つ技術を自分の能力の限り追い求めているだけ。それが仕事をする人間の本来の姿だと思います。僕も姿勢は職人です。作った曲が誰かに喜んでもらえればそれでいい。この社会は職種に関わらず、懸命な仕事人の働きによって回っていると思います。
国産のクリスマス・ソングとして有名になった山下達郎の「クリスマス・イブ」は、発表から四半世紀を経て多くの人に支持されて、今では日本のスタンダードとして完全に定着した。
大ヒットのきっかけになったのは、JR東海のクリスマス・キャンペーン・ソングとなったことだが、それに採用された1988年の時点で、発表から数年の年月が過ぎていた。
最初は1983年6月8日に発売されたアルバム、『MELODIES(メロディーズ)』のB面最後の曲として世に出たのだ。
『Melodies』
3万枚限定のピクチャー・レコードとして12月にシングルカットされたのは、クリスマス・ソングとして秀逸な出来だと気付いたスタッフがいたからだろう。「この歌の良さを多くの人に知らせたい」。最初の動きはそこから始まったのだった。
それ以降は年末の季節限定商品として、カラー・ヴィニール、ピクチャー・レーベルと趣向を変えてリリースされ続けた。
1988年にCMに使用されたことをきっかけにCDシングルがロングセラーを記録し、「クリスマス・イブ」はオリコンのチャートにランクインしてから30週目にして第1位を獲得した。
すでに発表した既存の楽曲を映画やドラマ、コマーシャルなどに使ってもらうことは、制作者としては名誉なことだ。移り変わりの早いエンターテイメント・ビジネスの世界において、数年前に作った作品が発見されるということは、そうめったにあることではない。ましてやそれが日を追って高く評価されたり、広く認められたりするとしたならば、制作者冥利に尽きる喜びだろう。
大ヒットした「クリスマス・イブ」は4年連続してCMに使われたことで、国産のクリスマス・ソングとしては最高峰の楽曲というポジションを得ていく。
ソングライターとしての山下達郎は、都市生活者の孤独や疎外をテーマに取り上げる。目指している音楽が完全に洋楽志向なので、メロディに日本語を乗せるには、あまり言葉に意味を持たせないほうがいいと考えているという。
そのために人間の内面よりも、自然や季節を歌うようになったそうだ。そうした技法が見事に具現化したのが、「クリスマス・イブ」だった。
本物の職人が自分の能力の限り追い求めて作った曲が、リスナーによって年月を経て正しい評価を得ていく。そう考えればこの国の人たちも、この国に生きることも、まんざらではないようにも思えてくる。
だが、山下達郎は音楽を仕事にする人に対して、こんな忠告も語っている。
新人バンドなどがよく説得される言葉が「今だけちょっと妥協しろよ」「売れたら好きなことができるから」。でもそれは嘘です。自分の信じることを貫いてブレークスルーしなかったら、そこから先も絶対にやりたいことはできない。やりたくないことをやらされて売れたって意味がない。そういった音楽的信念、矜持(きょうじ)を保つ強さがないと、プロミュージシャンは長くやっていけないのです。
「クリスマスイブ」という長い生命力を持つ歌が、職人であることを徹底することの素晴らしさと、それがいかに難しいことなのかを教えてくれる。
出典 山下達郎の発言はともに下記、朝日新聞デジタル掲載の記事、「職人でいる覚悟 山下達郎が語る仕事」からの引用です。
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