「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

「東京五輪音頭」のヒットをめぐる勝者と敗者 ② 決定的だったのは歌に向かうモチベーション

作曲者である古賀政男の意向を汲んで主要レコード6社の競作となった「東京五輪音頭」だったが、下馬評では民謡出身の人気歌手だった三橋美智也が本命であった。 老若男女…

TAP the SONG

ロックンロールが開いてくれた扉から生まれてきた佐野元春の「SOMEDAY」

ブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」がアメリカで全米チャートの5位にランクされるヒットになったのは、1980年の年末から翌年にかけてのことだ。…

TAP the SONG

ビートルズに飛びついた女の子たちの気持ちを知る北山修が書いた「花」の歌

ザ・フォーク・クルセダーズ解散後、医学の道に進んだ北山修は、1987年に「ビートルズ」という本を書き下ろしている。 そこでは日本人にとってのビートルズとは何だっ…

TAP the CHART

名曲多数の1963年、ロンドンR&Bシーンの顔役ローリング・ストーンズがデビュー

「TAP the CHART」第47回は、1963年を取り上げます。まずはシングルとアルバムの年間チャートTOP 10から。 【1963年のBillboard年…

Extra便

アメリカで大ヒットした「上を向いて歩こう」に付けられたタイトル「SUKIYAKI」の由来について

日本から世界へと言葉の壁を超えて届けられた最初の歌が、1963年に全米1位のヒットを記録した坂本九の「上を向いて歩こう」だったことは良く知られている。 だが19…

Extra便

坂本九の「上を向いて歩こう」から20年目に日本でロック・ヴァージョン、アメリカでR&Bバージョンの「スキヤキ」がヒットした偶然

日本の音楽シーンに多大なる足跡を残した「RCサクセション」が1979年、ロックバンドに変わってから最初に発売したシングルは「ステップ」だった。 そのB面に入って…

TAP the SONG

中村八大の「明日があるさ」と、宮川泰の「若いってすばらしい」は兄と妹のような関係

明るい明日がやって来ることを疑わずにいることができた1963年の師走から翌年にかけて、おおらかな青春賛歌の「明日があるさ」がヒットした。 昭和の時代が1960年…

TAP the STORY

27歳になった大瀧詠一を待っていたのは、地獄の責苦のようなハード・スケジュールだった

1975年6月9日にスタートした大瀧詠一のDJ番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ(GO! GO! NIAGARA)』は、1978年9月25日まではラジオ関東で、197…

TAP the SONG

日本のコマソンはカッコわるいと思っていた小林亜星の出世作となった「レナウン・ワンサカ娘」

1961年にCMソングとして誕生して以来、かまやつひろしの歌唱によって始まったテーマソング「レナウン・ワンサカ娘」は、敗戦から復興しつつあった日本の高度成長期の…

TAP the SONG

「東京ドドンパ娘」~大阪のクラブで生まれたラテン・リズムが東京から大ヒット

かつてビクターにこの人ありと言われた名物ディレクター・磯部健男は、雪村いづみや浜村美智子、松尾和子、フランク永井、森進一、青江三奈を世に出した人物である。 19…

TAP the SONG

ザ・ピーナッツの「ふりむかないで」に受け継がれた「上を向いて歩こう」のエッセンス

ザ・ピーナッツが1962年に発表した「ふりむかないで」は、オリジナル・ソングとしては最初のヒット曲である。 1959年に4月に「可愛い花」でレコードデビューした…

Extra便

1960年代から海外進出の夢に挑戦してきたザ・ピーナッツの軌跡

渡辺プロダクションという会社を設立した時から、渡邊晋社長と美佐副社長は「日本の音楽を世界に」という夢を掲げていた。だから日本国内におけるビジネスの足場が固まって…

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