TAP the CHANGE

パティ・スミスの『ホーセス』を聴いて人生が変わったマイケル・スタイプ

2017.11.14

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90年代以降のロック・シーンに多大な影響を与えたアメリカのロックバンド、R.E.M.。
バンドは2011年に解散してしまったが、レディオヘッドのトム・ヨークやコールドプレイのクリス・マーティンなど、数多くのアーティスト達が今なお彼らに敬意を払っている。



バンドの中心人物でボーカルのマイケル・スタイプが生まれたのは1960年、場所はアメリカ南東部に位置するジョージア州だ。
父親がアメリカ陸軍で働いていたこともあって、それなりに恵まれた家庭で育っている。
スタイプは幼少時代から音楽を聴くのが好きだったようだが、ロックに対して本格的に目覚めたのは15歳のときだった。
ある日、学校の自習室で見つけた雑誌のコピーによって、スタイプの人生は大きく変わるのだった。

「1975年11月のクリーム誌だったことをはっきり覚えている。自習室の椅子の下にコピーが落ちていたんだ。
パティ・スミスの写真が載っていて、彼女は何かに怯えているようだった。まるでモーティシア・アダムス(筆者注・アダムスファミリーの母親)のようだったよ」


そこにはニューヨーク・パンクについて書かれた記事が載っており、「他の音楽がフルカラーの映画のようなものだとするならば、これは雑音の多い白黒テレビだ」という一節に、スタイプは好奇心を大きく掻き立てられた。
そして、写真に映っているパティ・スミスという女性は、1stアルバムを間もなくリリースするということを知るのだった。

12月13日にパティ・スミスの1sアルバム『ホーセス』がリリースされると、スタイプはすぐに買いに行った。
アルバムのジャケットには、「白黒テレビだ」という表現を呼び起こす印象的なモノクロの写真が使われていた。



そして家に帰り、両親のいるリビングルームで安物のヘッドホンをつけると、レコードに針を落とした。
そこから聴こえてきたのは、未だかつて体験したことのない音楽だった。
その衝撃の大きさについて、スタイプはのちにインタビューでこのように話している。

「『ホーセス』は僕の手足を勢いよく引き裂いたかと思うと、今度は全く異なる手段で元に戻してみせた。
15歳の中流階級の少年には刺激が強すぎたよ」


その日は一晩中『ホーセス』を繰り返し聴いていたという。

アルバムはヴァン・モリソンがかつて組んでいたバンド、ゼムの大ヒット曲「グローリア」のカバーで幕を開ける。
静かなピアノとともにパティが語り始めるのだが、穏やかだった光景は次第に荒ぶる大きな波へと変貌していく。
激しく押し寄せてくる音と言葉の波に、15歳のスタイプが抗う術もなく飲み込まれてしまったことは想像に難くない。



スタイプは病的なほどにパティ・スミス、そしてロンドン・パンクにのめり込み、1977年にリリースされたテレヴィジョンの1stアルバム『マーキー・ムーン』や、ワイヤーの1stアルバム『ピンク・フラッグ』にも夢中になった。

パティ・スミスとの出会いはスタイプに、もう一つ大きな変化を与えた。
自分もアーティストになろうという決意をスタイプにもたらしたのである。

スタイプがR.E.M.を結成するのは、『ホーセス』をはじめて聴いてから4年が過ぎた1980年の1月のことだ。
20歳となったスタイプはある日、レコード屋へと足を運んだ。
そして欲しいレコードをいくつか選んでレジに持っていくと、そこには年の近そうな男がバイトで働いていた。
その男はスタイプの選んだレコードを見て驚いた。どれも自分があとで買おうと思っていたものだったからだ。
スタイプはマイク・ミルズと名乗ったその男と、音楽の趣味が近いことから意気投合する。2人はヴェルヴェット・アンダーグラウンドやテレヴィジョン、そしてパティ・スミスが大好きだった。

彼らはピーター・バックとビル・ベリーという、やはり音楽の趣味が共通する2人を加えてバンドを結成すると、4月にはバンド名も決まらないまま友人の誕生日パーティーで初ステージを行う。
そして2年後の1983年、歴史的なデビュー・アルバム『マーマー』をリリースし、80年代のロックシーンに新たな風を吹かせるのだった。



Patti Smith『Horses』
Arista



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