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久世光彦特集~40年ぶりに発見された美空ひばりの未発表レア音源による「さくらの唄」

2024.03.02

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2017年生誕80周年を迎える5月29日に合わせて、美空ひばりの「さくらの唄」の未発売音源が初めてCD化された。

1976年7月1日に発売された「さくらの唄」は、作詩家のなかにし礼が実兄の莫大な借金を背負い込んで、返済に追われて疲れ果てて書いた歌詞に、作曲家の三木たかしが曲をつけた楽曲である。

三木たかしは自らこれを歌って、1970年にシングル盤として発表したがまったくヒットせず、ほとんど誰にも知られることなく埋もれてしまった。

忘れられていた歌の存在を知ったのが、TBSドラマのプロデューサー・演出家だった久世光彦。
すっかり楽曲に惚れこんだ久世は「さくらの唄」を歌えるのは美空ひばりしかいないと直感し、同じタイトルのドラマを作ることで主題歌を歌ってもらう企画を立てた。

〈参照コラム・ハイレゾで見事によみがえった美空ひばりの絶唱「さくらの唄」が誕生するまで

脚本を依頼されたのは山田太一。
その年の2月からNHKで脚本家の名前を冠した脚本家シリーズが始まったが、その先発に選ばれた山田太一の『男たちの旅路』(主演・鶴田浩二)は好評を博していた。

ドラマ『さくらの唄』は東京の下町、蔵前に住む一家が舞台で、主人は指圧院を開業する伝六(若山富三郎)。
妻の泉(加藤治子)が心臓をわずらっているという設定で、そこから不幸の影がさしてくる。
長女の麗子(悠木千帆)、次女の加代(桃井かおり)、長男の進(高野浩幸)と3人の子どもがいる。
あまり器量がよくない麗子は30を過ぎているのに独身で、自分を嫌っている教師・中西基二(美輪明宏)に惚れている。
貯金局で働いている次女の加代は、器量はまともだが頭が少し足りない。
高校2年生の進はなかなか優秀なひとり息子。

ドラマはひとり暮らしをしていた麗子が、中西の子どもを身ごもって実家に戻るところから始まる。
はかばかしく進まない2人の娘たちの恋愛を中心に、庶民のありふれた日常が重なる生活のなかで、些細な出来事から起きる人間関係が2クール、6ヶ月間にわたって描かれた。

誰にも身につまされるような、ささいな幸福と不幸のくり返し。
空気を読むなどということなどなく、あけすけになんでも言いたいことを言い合い、ときには取っ組みあう人たち。

ドラマのなかの登場人物は、そうしたことでたびたび泣いた。
どうしようもないと言って泣き、どうしようもないと思っていたことがうまくいったと言って泣いた。

美空ひばりの「さくらの唄」はそんな下町人情ドラマにピッタリだったが、どういうわけか全くヒットしなかった。
ドラマ自体もまた、久世による大ヒット作「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」の枠だった割には、視聴率が思うように上がらなかった。
レコードの売上も視聴率も冴えない数字だったのは歌の出自ともつながり、泣くことから逃れられない運命だったのかもしれない。

未発売音源が2016年になって発見されたのは、担当プロデューサーが2月初旬にマスターテープなどを確認していて、別ヴァージョンの存在に気づいたからだ。

これまでのマスターテープではギターのアルペジオと歌だけで始まり、2コーラスに入ってからリズム・ギターやストリングスが入ってサウンドが広がり、次第に音が厚くなって最後にはオーケストラの演奏に至るアレンジになっていた。

しかし今回のマスターテープ発見によって、はじめからオーケストラによるヴァージョンと、ギター伴奏のみによるヴァージョンが存在していたことがわかったのだ。
したがって1976年に出たシングル盤は、それら2ヴァージョンを編集して作られたものだった。

今回のシングル発売について、生みの親だったなかにし礼はこう語っている。

この曲は借金を返しても返しても大変で、疲れ果てたときに書いた遺言のような歌。
死を恐れつつも死に憧れた唄。
とても暗い歌だけに、この曲がシングルとして発売されることは素直に嬉しい。
ひばりのレコーディングに立ち会ったとき、ひばりは本当にうまかった。
三木は泣いて歌っていたが、ひばりはにっこり笑いながら歌う。
慈愛の笑みで。
そのほうがよく伝わった。


シンプルにギターの伴奏だけで歌うヴァージョンが発見されたことによって、「さくらの唄」がもう一度伝わっていく可能性も出てきた。
最初のリリースから40年の歳月を経た「さくらの唄」が、新たに発見されてにっこり笑える日は来るのだろうか。


美空ひばり『さくらの唄』
日本コロムビア

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