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ハイレゾで見事によみがえった美空ひばりの絶唱「さくらの唄」が誕生するまで

2015.06.23

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美空ひばりの27回忌を迎える前の日、ぼくは東京・港区にある日本コロムビアのスタジオで、マスターテープから起こしたばかりの状態にあるハイレゾ音源で、名曲の数々を聴かせていただく機会に恵まれた。

これまで経験したことのない最高レベルの状態で聴いた歌声で、とりわけ素晴らしかったのが1976年に録音された「さくらの唄」だった。
当時はアナログ・テープを使ったレコーディングの技術が、完成の域に達していたので、24bit/96khzのハイレゾ音源は、マスターテープに録音されていた音をほぼ完全に再現させるのだ。

ハイレゾでよみがえった美空ひばりの「さくらの唄」が、誕生するに至るまでのエピソードをお届けしたい。

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作詞家のなかにし礼は1970年代に入ってまもなく、実の兄の莫大な借金をまるごと抱え込んで、失意の底に沈んでいた。
現実のあわれな自分の身代わりに、もう一人の自分をあの世に送り出すため、いわば遺言歌として書いたのが「さくらの唄」だという。

曲を頼まれた三木たかしは作った歌に惚れこんで、それを自らが歌ってレコードにした。
そこまでするほど、歌に対して思い入れがあったのかもしれない。
だが、あまりにも感傷的な歌い方だったせいか、レコードは全くといっていいほど売れなかった。

世の中にまったく受け入れられなかったその歌を耳にしたのが、TBSの演出家だった久世光彦だ。
「なぜか聴くたびに泣けてしまう」とこの歌に惚れ込んだ久世は、誰にも知られずに眠っていた歌を何とかして蘇らせようと考えた。
そして美空ひばりに歌ってもらおうと、山田太一の脚本で歌と同じタイトルの連続ドラマ『さくらの唄』を企画する。

この歌だけは泥水を飲んだことのない人には歌えないし、歌って欲しくないと思ったのである。
生きている日々の中で、顔も上げられないくらい恥ずかしい思いを幾つも重ね、重ね重ねた恥の数がとっくに年齢(とし)の数を越え、それでもまだ懲りないで、という厄介な奴が伏し目がちに歌ってくれてはじめて「さくらの唄」はほんのりと匂うのである。
ちょっと大袈裟に言えば、この歌は地獄を覗いて、そこから命からがら、這うように逃げかえった卑怯未練の歌なのである。


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ドラマのヒットメーカーだった久世は、彼女の所属するコロムビアに交渉に行ったが、全くヒットしなかった曲のカヴァーなどできないと断られてしまう。

そこで、「せめて聴いてもらうだけでも……」と、名古屋で長期公演中だった美空ひばり本人を訪ねた。
東京から持参した大型ラジカセでテープをかけて聴いてもらったのは、終演後の静まった楽屋である。

しんとした楽屋に三木たかしの咽ぶような歌が流れて、テープがまわってエンディングになった。
「もう一度聴かせてください」と言った美空ひばりの声は、すっかりつぶれて老婆のようにかすれた声だった。
久世はテープを頭に戻して、もう一度ボタンを押した。

♪何もかも僕は なくしたの
 生きてることが つらくてならぬ
 もしも僕が死んだら 友達に
 ひきょうなやつと わらわれるだろう
 わらわれるだろう


久世は三木たかしの歌声を聴きながら、「ちょっと泣きすぎだ、もっと微(わ)笑(ら)いながら人に話しかけるように歌えばよかったのに」と思ったという。

すると、私が思ったその通りの歌い方で「さくらの唄」が何処かから聞こえてくるではないか。
びっくりして見ると、美空ひばりが目をつむって歌っていた。
だるそうに楽屋の柱に寄りかかり、疲れた横顔に、疲れた笑いを浮かべて、歌っていた。
美空ひばりはポロポロと涙をこぼして歌っていた。
そしてテープが終わると、私に向かって座り直して、『歌わせていただきます』と嗄(しゃが)れた声で言って、天女のようにきれいに微(わ)笑(ら)った。


こうして久世が惚れ込んで、美空ひばりもそれに応えてレコーディングが行われた。

TBS系水曜ドラマ『さくらの唄』に出演したのは若山富三郎、桃井かおり、田村正和、美輪明宏、加藤治子、由利徹である。
「さくらの唄」はのエンディング・テーマとなり、半年間、毎週テレビから流れたのだった。
しかしどういうわけかレコードはヒットしなかった。

久世は著書の『マイ・ラスト・ソング』でこう締めくくっていた。

私は、美空ひばりの絶唱だったといまでも思っている。
どう聴いても文句のつけようのない、文字通りの絶唱だった。
言い訳めくが、あまり良すぎても、レコードというものは売れないのである。
けれど、いつ、どんなときに聴いても泣いてしまうという歌は、そうあるものではない。
いまからでも遅くはない。
一度でいいから聴いてみて欲しい。
少なくとも私一人は、あの歌が美空ひばりの〈ラスト・ソング〉だと信じているのだから――。


♪今の僕は何を したらいいの
 こたえておくれ 別れた人よ
 これで皆んないいんだ 悲しみも
 君と見た夢も おわったことさ
 おわったことさ



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