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ホテル・ニューハンプシャー〜人生の決定的な瞬間を活写するジョン・アーヴィングの世界

2024.03.07

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『ホテル・ニューハンプシャー』(The Hotel New Hampshire/1984)


小説家にとって「売れること」とは何を意味するのか? 賞レースや名声といった自己評価に溺れているようでは、SNSで他人の目を気にしながら自分発信してご満悦しているレベルとたいして変わらない。

そんなことよりまず、たくさんの人々に自分の作品が読まれることは嬉しいことだし、それを機に次作を温かい気持ちで待ちわびてくれる読み手をファンとして得られるだろう。あるいはその作品に接することによって、一人でも多くの人から「生きる勇気を持てた」「救済された」といった反響や共感が大きいほど、小説家は自分の物語が世の中に必要とされたことにある日そっと感慨を覚える。

また、売れるということは莫大な金が入るということでもある。しかし、重要なのは富の問題ではない。そこに執着してしまっては、華やかな生活や消費に囚われた、野心だけを満たすことが目的となる底辺ビジネスの仲間入りだ。享楽のためにどうでもいい短編を書き続けなければならなかったある時期のスコット・フィッツジェラルドは、自分の作品が何の文学的価値もないゴミ以下であることを知っていた。

つまり、売れない小説家が売れることによって受けられる一番の恩恵。それは「執筆に専念できる時間を自由に確保できる」ということだ。もう食っていくための余計な労働をする必要はない。

ジョン・アーヴィングは、そんな売れない時期と売れることの変化を経験した小説家。1942年にニューハンプシャー州に生まれたアーヴィングは、幼い頃から母子家庭で育つ。13歳からレスリングを始め、大学卒業後はウィーンに留学してヨーロッパを放浪したり、カート・ヴォネガットに師事して作家を目指した。そして1968年にデビュー作『熊を放つ』を出版。大学での教職をはじめ、様々な仕事に就きながら作品を発表し続ける。

だが評価は高いものの、まったく売れない。2作目『水療法の男(ウォーターメソッドマン)』も3作目の『158ポンドの結婚』も同じだった。1万部弱しか売れなかったこの小説家に転機が訪れたのが1978年。4作目の長編『ガープの世界』が数百万部という驚異的なミリオンセラーに。アーヴィングはようやく創作に専念できるようになった。そして人気作家になって1981年に届けてくれたのが5作目の『ホテル・ニューハンプシャー』だ。

コミカルな風刺精神を取り入れながら、人生の決定的な瞬間を活写することをポリシーとするアーヴィング。風変わりな登場人物ながら、そこにしっかりと根付いた家族のつながりや絆。その世界観はどのようにして生まれるのか。

僕は古風な人間なので、直線的な叙述や時間の経過がよく出ている物語、じっくりと展開していくキャラクターが好きなんだ。僕の小説は現代文学の主流からはズレている。でも現代の文学は真の文学の主流から外れている。

僕が特に新しいとは思わない。小説家はただ書くことだけで頭がいっぱいだから、自分がどれほど新しいかなんてことには気づかないし、気にもしない。とにかく作品を書く、ってことがまず初めに来る。僕に言わせれば、自分の文学は新しいとは思わない。むしろ古いんじゃないだろうか。というのは僕が興味を持つのは、まず叙述、それから登場人物の性格の発展、プロット。つまり19世紀小説の定石だからね。

主人公の子供時代から大人になるまで、というようなスケールの大きな筋が好きなんだ。人物の性格の線的な発展、時間が人物の生涯に及ぼす影響、そういったものが書きたい。大作でなくてもいい。一人の人物を長い目で見たいだけだ。


その後、『ホテル・ニューハンプシャー』(The Hotel New Hampshire)は1984年に映画化。ジョディ・フォスター、ロブ・ロウ、ナスターシャ・キンスキーという顔合わせも今となっては貴重な作品。ジョン・アーヴィングの世界観に触れるには、『ガープの世界』と二本立てで観るのがオススメだ。

物語は、ニューハンプシャー州デイリーでホテル経営に乗り出す家族、ベリー一家の物語。夢想家の父ウィンとそれを見守る母メアリーには、個性的な5人の子供たちがいる。長男のフランクは同性愛者。長女のフラニー(ジョディ・フォスター)は美しくてしっかり者。そんな姉を溺愛する次男のジョン(ロブ・ロウ)。文学少女の次女リリーは身長が伸びないままで、三男のエッグは耳が聴こえない。

ウィンは廃校になった女子校を買い取って、そこを「ホテル・ニューハンプシャー」と名付ける。こうして家族を巻き込んだホテル経営がアメリカやヨーロッパを舞台に始まった。一家は成功と失敗、出逢いと別れ、生と死など、それぞれの人生の決定的瞬間と直面していく……。

予告編


『ホテル・ニューハンプシャー』

『ホテル・ニューハンプシャー』


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*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ホテル・ニューハンプシャー』パンフレット
*このコラムは2018年12月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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