──1967年の夏。
パティ・スミス(当時20歳)は、幼い頃から育ったニュージャージーの片田舎を後にして、単身ニューヨークへと旅立った。
わずかな現金(16ドル)を握りしめて、何のあてもないまま逃げるように、祈るように、そして新しい未来を求めて。
当時のアメリカと云えば、ヒッピー文化が花開き、フラワー・チルドレンが闊歩した「サマー・オブ・ラヴ」の時代。そして、「スチューデントパワー」や「ブラックパワー」が吹き荒れた政治の季節でもあった。
「それは、コルトレーンが亡くなった夏だった。フラワー・チルドレンたちが手のひらを広げた夏だった。そして、私がロバート・メイプルソープに出会った夏だった」
パティはニューヨークに着いて間もない頃、ウェイトレスや書店員などの職を転々とし、ある時はホームレス同様の極貧生活をしていたという。
そんな中、ある日、先ずは泊めてもらうために知人のアパートを訪ねた。ところが、その知人はすでにそこから引っ越しており、代わってそこに住んでいたのが、写真家志望の青年ロバート・メイプルソープだった。
その後、同い歳でアーティスト志望の二人は親しくなり、お互いの才能を伸ばし合うようになる。とはいえ、当時のパティは、ランボーやディランに憧れる文学少女に過ぎなかったし、ロバートもまた、アーティスト志望の無名の若者に過ぎなかった。
──それは1968年3月の初め頃の出来事だった。
当時アルバイト先を探していたロバートは、新しくオープンしたライブハウス“フィルモア・イースト”で、臨時の案内係として働くことになった。
そのライブハウスには、まだ売れる前のジャニス・ジョプリンも出入りしていたという。数週間の仕事を終えようとしていた頃、ロバートはパティに「一緒にドアーズのライブを観よう!」と誘った。
二人ともまだ極貧生活をしていたので、チケットを買う余裕などなかった。ロバートはパティのために、スタッフパスを用意して渡したのだ。
「当時、私はドアーズの1stアルバムに夢中になっていたの。その夜、ジム・モリスンが歌う姿を見ながら何か奇妙な感覚を覚えたわ。私は彼の動き一つひとつを非常に冷めた意識の中で観察しながら、“私にも同じことができるのではないか”と感じたの。どうしてそう思ったのかはわからないけど、私の中に奇妙な自信が生まれたのは確かだった」
そのドアーズのライブから数週間後、ロバートの友人のエド・ハンセンという男が、一枚のアルバムを持って遊びに来た。
「パティ、これを聴いてみなよ。君にとって大切な曲になるだろうから」
レコードに針を落とした瞬間、バーズの“So You Want To Be A Rock ‘n’ Roll Star(ロックンロールスター)”のイントロが流れ始めた。パティは胸の高鳴りを抑えきれずに、そのメロディーに聴き入っていた。
「それはまるで予言のようだったわ。だって数年後に私はマイクを手にしてその曲を歌っていたんだから」
1970年頃からパティとロバートは、様々のアーティスト達が“たまり場”としていたチェルシーホテルに住みつくようになる。この歴史的ホテルでの数々の出会いが、アーティストとしての二人を形作っていく。
中でも、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ、サルバドール・ダリ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスといった人間との交流には、大いに刺激された。
パティは同じ“チェルシーの住人”でもあった(現在は俳優としても知られる)劇作家のサム・シェパードから、戯曲の共作を依頼されたりして、徐々に活動を活発化させる。
そして1971年、アンディ・ウォーホルの初期共同制作者であるジェラルド・マランガの、セント・マークス教会での朗読会の前座として出演することとなったパティは、すでに知り合っていたギタリスト(当時はレコード屋の店員をやりながら音楽評論を書いていた)レニー・ケイのエレクトリックギターに詩を乗せてポエトリーリーディングを行い、詩人としての一歩を踏み出していく。
1975年、パティは遂にチャンスを掴み、デビューアルバム『Horses』を発表。この有名なジャケット写真が撮影された場所は、様々なアーティスト達が根城としていたニューヨークのワシントンスクエアにあるペントハウスだった。
そこは、当時同性愛者として新たな人生を歩み初めていた、ロバートの恋人サム・ワグスタフ(美術コレクター)が所有する部屋だった。
ロバートは自然光を使い、天使の翼のようにパティの肩から逆光が跳ね返るように撮影した。アイロンのあてられていない白シャツとタイトなジーンズは、70年代当時のキース・リチャーズやボブ・ディラン風の着こなしだった。
そのファッションは明らかに男物だったが、細く長い首、そしてシャツの袖から胸元に伸びる手首や指先は、むしろ“女性らしさ”を強調していた。
アルバムの発売元だったアリスタ・レコードは、この両性具有的に写ったパティの写真を良しとはしなかった。レコード会社は、ボサボサの髪の毛をエアブラシで修正することをなど“売るため”の提案をしてきたが、パティはそれを拒否した。
「この写真はロバート・メイプルソープとの共同作業によってもたらされたものであり、芸術上の決定権は自分にあるのだ」
その決定権のおかげで、ロバートによるジャケット写真も話題となり、パティ・スミスのデビューアルバムは“ロックの名盤”として、今日まで高い評価を受けている。
<引用元・参考文献『ジャスト・キッズ』パティ・スミス (著)、にむらじゅんこ/小林薫 (翻訳) 河出書房新社>
「Horses」
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執筆者
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html

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