「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the ROOTS

切なく美しいラブソングから聴こえて来る、天才の赤裸々な叫び声

2019.01.24

Pocket
LINEで送る

♪ 雨があなたの顔に吹きつけ
  世界中があなたの敵にまわる時
  暖かい抱擁で
  私の愛を感じてもらえたのに ♪


デビュー・アルバム『19』を製作中、曲作りに悩むアデルにプロデューサーがある曲を聞かせた。
「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」。ボブ・ディランが1997年に発表した『タイム・アウト・オブ・マインド』に収録されていた曲である。

「その詩を耳にして、驚きました」とアデルは、2008年のマンチェスター・イーブニング・ニュースとのインタビューで語っている。

「私が歌にしようとしていたことが、まさに要約されたような詩だったからです」

恋人との別れを後悔するのではなく、ただ美しく詩に刻むこと。
まだ10代の少女だったアデルには、天才詩人の歌が魔法のように見えたのだろう。

♪ 夜の帳が降り、星が瞬き始め
  あなたの涙を乾かす人が誰もいない時
  永遠の抱擁で
  私の愛を感じてもらえたのに  ♪



世間一般のディランの印象とはかけ離れたこのラブソングを初めてカバーしたのは、ビリー・ジョエルだ。その歌声は、1997年にリリースされた『グレイテスト・ヒッツ・ボリュームⅢ』に収められている。



ビリー・ジョエルといえば、つい最近、再婚を発表して話題になったが、ディランの「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」も実は、彼自身のパーソナル・ライフを色濃く反映したものだ。

1990年から1997年の『タイム・アウト・オブ・マインド』まで何故、ディランは沈黙していたのか。

その謎を解く鍵になるのが、2011年に発表されたドクター・アダム・ブラッドフォードの著書「アウト・オブ・ダークウッズ」だ。
ディランを知る医師でもあり、著述家でもあるブラッドフォードは『タイム・アウト・オブ・マインド』の歌詞全体に、鬱の症状が診てとれるという。
そしてその原因は、公式には発表されていなかったディラン自身の再婚、そして離婚だというのである。

1970年代後半、キリスト教に改宗したボブ・ディランは、『スロー・トレイン・カミング』(1979年)、『セイヴド』(1980年)、『ショット・オブ・ラブ』(1981年)と立て続けに3枚のアルバムを発表する。この3枚は「ゴスペル3部作」と呼ばれるように、宗教色の強い作品だった。そして彼のツアーにはゴスペルのコーラスが同行するようになった。

1986年、ディランはコーラス・シンガーのひとり、キャロリン・デニス( Carolyn Dennis )との間に女の子をもうけている。そしてその直後、キャロリンと再婚を果たす。ユダヤ教徒からキリスト教徒への改宗。そしてキリスト教徒のアフリカ系アメリカ人との再婚。だが、この極秘結婚は、やはり知られることなく、1990年頃、解消されたという。

そう、2回目の結婚が破綻して以来、ボブ・ディランは曲を書かなくなり、落ち込んだ日々を送っていたという話なのである。

そして沈黙を破って発表されたアルバムが『タイム・アウト・オブ・マインド』。「心ここに在らずの時」といった意味である。

Bob_Dylan_-_Time_Out_of_Mind

だが、「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」は単なる過去を振り返る美しいラブソングではない、と聖書に関する著書もあるアダム・ブラッドフォードは語っている。

♪ あなたを幸福に
  あなたの夢を叶えるためなら
  どんなことでもできたのに
  あなたのためなら
  世界の果てまで行けたのに
  この愛を感じてもらうため
  この愛を感じてもらうため。。。 ♪


「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」は、主人公が【 could ~(~できた)】という形式で書かれている。それは、別れてしまった相手に対して、~できたのに、という後悔の念を綴っているとことである。

だが、この【 could~ 】は、過去形ではなく、~することもできる、という意味にも取れるのである。
その瞬間、歌の主人公はディラン自身ではなく、傷ついたディランを癒す神、ということになる。切ないラブソングは、その瞬間、ゴスペル・ソングへとその姿を変えるのである。

自らの愛の軌跡とその痛みを歌にしたことでは、エリック・クラプトンの「愛しのレイラ」が有名だが、ディランの「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」も、ひとりの天才が身を削りながら綴った祈りの歌なのである。

(このコラムは2015年7月9日に公開されたものです)



アデル『19』
Xl Recordings


ボブ・ディラン『タイム・アウト・オブ・マインド』
Sony

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the ROOTS]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ