養護施設で暮らすひとりの老女は静かに、時の流れを見つめている。ゆったりとした時の流れは、一枚一枚、木の葉が舞い落ちるように、静かに、だが確実に彼女の記憶を運び去っていく。。。
♪今ではきっと彼女
自分の名前がヴェロニカだってことも
忘れてしまっているのだろう ♪
エルヴィス・コステロが1980年代後半にポール・マッカートニーと共作した「ヴェロニカ」は、アルツハイマー性認知症を患っていたコステロの祖母からインスピレイションを得て書かれた作品だ。
♪ ヴェロニカはどこかに逃げて行っちゃって
君は隠れん坊の鬼だから目を隠してるっていうのかい? ♪
年老いた女性の孤独な物語、といえばポール・マッカートニーが書いた「エリナー・リグビー」を思い出す。ビートルズ解散後、ソロとして、ウィングスとして活躍してきたポールだが、どこかでビートルズ時代の面影を追いかけていたのかもしれない。
おそらくポールは、コステロのハスキーな声に、かつてのジョンを見出していたのだろう。
この「ヴェロニカ」はコステロにとって初の全米ヒットシングルとなる。だが、その瞬間から、曲はひとり歩きを始める。「だから私はこの曲を嫌いになったんだよ」とコステロは語っている。
テレビやラジオから流れ続ける「ヴェロニカ」が、その辺によくある薄っぺらなヒット曲に聞こえてきたのだ。そして彼はこの曲の記憶を一度、自ら消し去ろうとする。
「だからキーを変えて、全体的に作り直したんだ。これでもう、あのレコードのことは考えなくてすむようになった。逆に、あの曲を書こうとした時の自分に戻ることができた。あれは祖母を歌ったもので、私にとっては特別な意味を持つ歌だからね」
コステロは、自らの大切な思い出を再生させたのだ。

2014年のサンダンス国際映画祭のドキュメンタリー部門で観客賞を受賞したこの作品は、好きな歌を聴くことで、認知症患者に奇跡が起こる様子を描いたものだ。
iPodで好きな曲を聴かせたら、認知症の患者の記憶が少しは戻るかも知れない。そんな、もし、から始まる物語は、改めて歌のもつ力を教えてくれる。
ところで、ヴェロニカおばあちゃんは、どんな歌が好きだったのだろう。孫の歌は気に入っていたのだろうか。

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