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アフター・アワーズ〜落胆中のスコセッシ監督が初心に戻って取り組んだNYムービー

2023.09.07

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『アフター・アワーズ』(After Hours/1985)


1983年。マーティン・スコセッシ監督は情熱を捧げた『最後の誘惑』が頓挫してしまい、映画界での自らの無力さを感じて落ち込んでいた。

一方、仕事が暇な俳優グリフィン・ダンは映画製作に着手。無名の大学生が書いた『LIES』という脚本と巡りあう。主人公の男が次々と不運に見舞われるという、NYを舞台にした斬新なブラックコメディに可能性を感じたダンは、自ら主演して映画化を進めることにした。

監督選びの筆頭に上がったのはもちろんNY派のスコセッシ。だが返事はすぐに来ない。そこで気鋭のティム・バートン監督に打診する。ところが順調に事が運んでいたある日、スコセッシ側から「引き受ける」との連絡が入った。

ダンは悩んだ挙句、バートンに正直に話すことにした。するとバートンはこう言ったという。
「スコセッシだって!? 素晴らしいじゃないか。それなら喜んで僕が身を引くよ」

スコセッシは水を得た魚のように、初心に戻って映画作りに取り組むことにした。ストーリー通りに夜間撮影を貫き、8週間無我夢中になった。クランクアップの時になると、スタッフやキャストと幸福感を分かち合った。

こうしてできあがった『アフター・アワーズ』(After Hours/1985)は評判を呼び、スコセッシはカンヌ映画祭で監督賞を受賞。インディー感覚あふれるこの作品は一つの転機になった。

映画のストーリーはシンプルだ。都市生活の孤独を感じながらアップタウンの会社に勤めるコンピュータ・エンジニアが、ある夜美女に出逢ったことから始まる一夜の出来事。限りのない夜の期待を抱いてダウンタウンへ向かった男に降りかかる不条理の数々。家に帰りたくてもどうしても帰ることができない。

観る者はまるでNYの裏通りを舞台にしたロールプレイングゲームで遊んでいるような感覚になる。身に覚えのない罪を着せられる設定は、ウィリアム・アイリッシュ/コーネル・ウールリッチが描いた短編的世界観にも通じる。あるいはジェイ・マキナニーが『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』で綴った言葉を思い出す。

夜は君の知らない何処かを中心にして回転し、午前2時を指していた時計の針はもう5時を回っている。そうやって時が過ぎ去っていくのを、君は何度も見てきた。でも君は致命的な痛手は負っていない。麻痺と廃疾が待ち受ける最後の一瞬だけは超えていない、そう言いたいのだ。


サウンドトラックにはモーツァルトの交響楽やバッハが使用されているほか、ジョニ・ミッチェルやモンキーズ、ペギー・リーなどの歌も聞こえてくる。とんでもない一夜には意外な選曲だが、これがよく合っている。ちなみに頓挫した『最後の誘惑』はその後無事に完成。1988年に公開された。

(不運の数々リスト)
◯眠れないのでコーヒーショップへ出向いてヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読んで過ごす。(始まり/写真上)
◯話し掛けてきた美女の電話番号をメモろうとすると、ペンのインクが切れている。
◯タクシーでダウンタウンのソーホー地区へ向かうと、乱暴な運転手のせいで手持ちの20ドルが窓の外へ吹き飛ばされる。タダ乗りと勘違いされる。
◯お目当ての美女のロフトに行くと、彫刻家の女がいて手伝わされる。
◯美女には気まずい過去があり、不安定かつ奇妙な言動に嫌気がさす。
◯土砂降りの雨に打たれる。
◯地下鉄に乗ろうとすると、料金が値上げされていて乗れない。
◯バーに入ると、金を貸してくれるとバーテンダーが言うが、レジに鍵が掛かっていて開かない。
◯バーテンダーのアパートに鍵を取りに行くと、住民に怪しまれてしまう。
◯空き巣の二人組を見掛ける。追いかけると、盗んだロフトの彫刻を慌てて落としていく。
◯彫刻を返しにロフトへ戻ると、美女が睡眠薬で自殺している。
◯彫刻家のカップルはいつの間にかクラブに出かけていて不在。
◯バーに戻ると、店は閉まっている。
◯バーのウェイトレスの家で雨宿りさせてもらうが、60年代マニアの彼女と話が合わない。
◯バーテンダーが戻ってきたので再びバーへ。すると「彼女が自殺した」ことを知るバーテンダー。あのロフトの美女のことだ。
◯彫刻家の女に会いにクラブへ。モホーク刈りにされそうになって逃げ出す。
◯20ドル紙幣をゲットしたのでタクシーに乗ろうとするが、捕まえたのはあの乱暴な運転手。金を奪われる。
◯腕を怪我する。
◯たまたま通り掛かった女から傷の手当てを受けるが、街に貼られた似顔絵付きの手配書(空き巣の犯人にされている)が原因で、自警団を呼ばれてしまう。
◯逃げ回る途中で、殺人現場を目撃。
◯知り合ったゲイの男の自宅へ。今夜の出来事を愚痴る。
◯閉店間際のクラブへ。地下室で石膏を全身にかぶってしまう。
◯自警団がやって来るが、彫刻になりすましたおかげで助かる。(ここから幸運!?)
◯二人組の空き巣が一度見失った“彫刻”を持ち出す。
◯夜明け。猛スピードの車から“彫刻”が落ちて割れる。立ち上がると、そこはアップタウンの会社の前。
◯疲れ果てた姿でそのまま出社。新しい1日が始まる。

予告編


『アフター・アワーズ』

『アフター・アワーズ』






*日本公開時チラシ

*参考/『アフター・アワーズ』パンフレット
*このコラムは2018年1月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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■中野充浩のプロフィール
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