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フィッシュマンズの完璧なまでのラスト・ライブを閉じ込めた『98.12.28 男達の別れ』

2021.07.09

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1995年から97年の間に、『空中キャンプ』『LONG SEASON』『宇宙 日本 世田谷』の「世田谷3部作」と呼ばれる3枚のアルバムを、たて続けにリリースしたフィッシュマンズ。
彼らは翌1998年、それらが生み出された世田谷にある「ワイキキ・ビーチ・スタジオ」を、建物の賃貸契約の期限により閉鎖することとなった。
また時を同じくして、それまでフィッシュマンズのサウンド・エンジニアリングを一手に引き受けていたZAKが、フィッシュマンズから離れることとなる。

そんな1998年のフィッシュマンズは、8月にライブ・アルバム『8月の現状』をリリースした後、アルバム用ではなくシングルのためだけにレコーディングした『ゆらめき IN THE AIR』を、12月に8cmシングルとしてリリースしたのみだった。

そして、12月のツアーを最後にベースの柏原譲が脱退することを受けて、「男達の別れ」と名付けられたフィッシュマンズのライブ・ツアーが、12月17日にスタートする。
名古屋、大阪、福岡、東京の4都市を回る6つの公演は、翌年にヴォーカルの佐藤伸治が急逝したことに伴い、事実上彼らのラスト・ツアーとなってしまった。

このツアーの最終日、12月28日に赤坂BLITZで行われたライブの模様が、2枚組のアルバム『98.12.28 男達の別れ』に収められている。
この時点ではまだ誰もこのライブが、佐藤伸治のフィッシュマンズとしての最後のライブになるなどとは思ってもいなかった。しかしこれ以上はないと思えるほどの、彼らの目指していた完璧なステージが、ここに繰り広げられている。
生前に佐藤がインタビューで語っていた、いいライブの時にあるという会場全体が“包み込まれるような感じ”が、このライブ・アルバムからも感じられるのだ。
2枚目には40分にも及ぶ「LONG SEASON」の演奏が収められていて、まるで漆黒の宇宙空間に昇天していくような世界を感じさせる演奏に、もうこのまま永遠に音楽が終わらなければいいと願うほど、ぐいぐいと引き込まれる。

ライブの間のMCで佐藤は、来年もライブをやりたいとファンに約束している。しかし、ドラムの茂木欣一とたった二人になってしまうことから、「来年はまた一からやり直そうという感じ」と語り、「10年後には誰が残っているか・・」と、ポロリとこぼした本音に少し心が痛む。

そんな当時の佐藤の心情までも閉じ込めた、フィッシュマンズの事実上最後のライブ・アルバムとなった『98.12.28 男達の別れ』は、近年アメリカでも再評価されているという。
2018年8月、とあるアメリカの音楽サイトのアルバム・ランキングでは100位以内にランクインしたそうだ。

しかし「フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ」の中で著者の川崎大助氏は、1997年当時すでにサンフランシスコのフリー・ペーパーのコラムに、フィッシュマンズの『宇宙 日本 世田谷』が取り上げられていたことを記している。
フィッシュマンズのアルバムが、海外でリリースされることはなかったにもかかわらず、リアルタイムでアメリカの音楽ファンの注目を、少しずつだが集めていたと言えるだろう。

どんな流行の波にも乗らず、独自の音楽を自由に表現し続けたフィッシュマンズの音楽は、20年経った今聴いても古さを感じさせない。
なぜなら彼らの音楽は、世田谷から日本を飛び越えて宇宙にまで到達してしまったのだから。



(このコラムは2018年12月17日に掲載されました)


フィッシュマンズ『98.12.28男達の別れ』
ポリドール


参考文献:「フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ」川崎大助著 河出書房新社

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