1997年7月24日、フィッシュマンズのアルバム『宇宙・日本・世田谷』が発売された。
1995年に発売された『空中キャンプ』、1996年の『LONG SEASON』に続く3枚目のアルバムで、これらは“世田谷三部作”と称される。
しかし1999年、佐藤伸治の急逝に伴い、これが事実上フィッシュマンズの最後のオリジナル・スタジオ・アルバムとなった。いずれも評価の高い3枚のアルバムの中で、この『宇宙・日本・世田谷』を一番にあげるファンも少なくはないだろう。
1987年に、ヴォーカル&ギターの佐藤伸治、ドラムの茂木欣一、ギターの小嶋謙介で結成されたフィッシュマンズは、キーボードのHAKASE、ベースの柏原譲が加入して5人となり、1991年に当時のヴァージン・ジャパン(後のメディア・レモラス)からデビューする。
レゲエやダブを基調としたリズムで、ふわりとした親しみやすいポップなメロディーに乗せて歌われる、日常の何気ない風景。そんな持ち味が一部のファンからは熱い支持を集めていたが、当時のバンドブームや渋谷系の人気の中にあって、注目度はそれほど高くなかったと言えるだろう。
しかし94年に小嶋が脱退、続いて95年にポリドールへの移籍直後にHAKASEが脱退する。3人となってしまった彼らだが、印象的なヴァイオリンとキーボードを演奏するHONZIや、ミキシングのZAKらがサポートメンバーとして加わり、またポリドールからは、専用のスタジオが彼らのために用意された。このスタジオで2年間に3枚のアルバムを制作するというのがその条件だった。
「ワイキキ・ビーチ」と名付けられた東京都世田谷区にあるそのスタジオで、最初に生み出されたのが『空中キャンプ』だ。
今まで通りレゲエやダブを基調にしながらも、佐藤のヴォーカルは演奏と一体となって宙を漂い、独特の浮遊感と内的世界を描くことに成功している。このアルバムが発売される直前のラジオで佐藤は、「このアルバムは、一人のためだけに届かせたかった」と語っている。
1対1っていうのが一番いいんだよ、本当は。音楽っていうのは。
これは、佐藤が洋楽のアルバムを聴いていた時の、自身の体験に基づいて語られている。また、別のインタビューではこのようにも語っている。
ロックの人って「俺はこうなんだ!」ってのが多いじゃない?「俺の自我でどおだあ!」みたいな(笑)やってる側の自己顕示欲じゃないところで悲しかったり、よかったりする曲。そういうのを作りたかったんだよね。
性別も特定しない、時に主語さえも省略された、佐藤が描き出す抽象的な歌詞に、削ぎ落とされた音がZAKによるミックスで、まさに空中に浮かんでいるような独特の世界を表すことに成功している。それが聴く者に押し付けることなく、ひとりひとりの心の内側にスーッと深く入り込むのだ。
その発展型であり、完成型とでも言えるアルバムが『宇宙・日本・世田谷』だ。佐藤自身がこのアルバムについて「地味だ」と語るほどに、全体を通して静けさが感じられる。
一曲目の「POKKA POKKA 」が始まり、ラストの「DAYDREAM」でアルバムは閉じられる。何もないこと、退屈な日々こそが愛おしい、そんな世界観が描かれているのだ。
しかし、シングルとしてリリースされた「MAGIC LOVE」では、誰かとつながることを決して拒絶してはいない。
佐藤の描く歌詞の世界が、聴く者の孤独に寄り添い、心の深部に染み入る。そして浮遊感のあるサウンドが、いつのまにか宇宙空間を漂いながら、日本列島の明るい光に白く浮かび上がる都心部や、暗く深く沈む山間部などを俯瞰しているような気分にさせられるのが、このアルバムの、まさにマジックなのだ。
佐藤は、晴れた日に外で歌を作ることがよくあったという。世田谷の北沢公園で、よく曲作りをしていたそうだ。
世田谷で生まれたイメージが音と絡まって、平坦な地平から空へとつながり、やがて宇宙に行き着いた。それは佐藤伸治自身の内的世界そのものだったのかもしれない。そうして生まれたのが『宇宙・日本・世田谷』という音世界だった。このアルバムも1対1で向き合える、ひとりの時間に聴きたい、とっておきのアルバムなのだ。
Magic Love
バックビートにのっかって
Daydream
参考文献及び引用元:「フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ」川崎大助著 河出書房新社

宇宙 日本 世田谷
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