音楽は時として時代を閉じ込めるタイムカプセルのようなものだ。
例えば、古いレコードに針を落とした瞬間、その時代の風景や空気感がぱぁっと目の前に広がり、さらには匂いまでもが感じられる時さえある。
そんなタイムカプセルのようなオムニバス・アルバムがアメリカにある再発専門のレーベル、Light In The Atticから2019年5月にリリースされた。
その名も『Pacific Breeze : Japanese City Pop, AOR and Boogie 1976-1986』。
2017年10月にリリースされた『Even A Tree Can Shed Tears : Japanese Folk Rock 1969-1973』に続き、2019年2月には『Kankyō Ongaku : Japanese Ambient, Environmental and New Age Music 1980-1990』、そしてシリーズ3作目となるのが、このアルバムである。
アルバムの帯には、英文でこのような紹介文が添えられている。
1960年代までに、日本は戦後、奇跡的な発展を遂げて世界第二位の経済大国となった。ポータブル・カセット・プレイヤー、ピコピコ電子音の鳴るテレビ・ゲーム、ツヤやかに光るボディの車などは世界中でブームとなり、人々の快楽のツボに訴えてお金を吸い上げ、日本のポケットを“円”でいっぱいに満たした。
この経済的浮上はポピュラー文化にも浸透し、70年代のシティ・ポップとして知られる、AORやジャズ・フュージョン、ファンク、ブギーやディスコなどを混合したような音楽を生み出し、それらはどれも南国の楽園的でふわりとした感触のものである。
音楽収集マニアや冒険好きな音楽ファンの間で長年の間崇敬されてきたこれらの音楽は、今に至るまで日本以外でリリースされることがなかった。
日本がバブル景気を迎える1986年までの10年間、躍進し続ける右肩上がりの経済成長の間も、バブル期に劣らずキラキラと輝いていた時代だ。ソニーから初の携帯型カセット・プレイヤー、ウォークマンの1号機が発売されたのは1979年のことだった。
また、この時代はテレビの音楽番組も人気があり、各局で特色のある音楽番組を、お茶の間の家族みんなで楽しむ時代でもあった。
しかし、この『Pacific Breeze : Japanese City Pop, AOR and Boogie 1976-1986』に収録されているのは、そのような音楽番組に数多く出演していたアーティストでもなければ、当時のオリコン・チャートを賑わせた楽曲でもない。
例えば、当時人気を博したYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の活動期間(1978~1983)と重なるのにもかかわらず、選曲されたのは、細野晴臣の1982年のソロ・アルバム『フィル・ハーモニー』や、高橋幸宏の1981年のソロ・アルバム『NEUROMANTIC』からの楽曲であるなど、ディープな音楽ファンの心をくすぐる選曲となっている。
細野晴臣「スポーツマン」
高橋幸宏「Drip Dry Eyes」
そんな当時のテレビ・ゲームを連想させるようなテクノ・ポップなども織り交ぜながら、多くの女性ヴォーカリストをフィーチャーしているのも特徴的だ。
幅広く親しまれてきた楽曲でないにもかかわらず、その構成の巧みさから、アルバム全体から立ち昇ってくる香りは、まさに日本がバブル期に向かう高度経済成長期のキラキラと輝く時代の匂いそのものなのだ。
当時を閉じ込めたようなタイムカプセルとも言える収録曲は以下のとおり。
「I Say Who」惣領智子
「くすりをたくさん」大貫妙子
「Midnight Driver」吉田美奈子
「サブタレニアン二人ぼっち」佐藤奈々子
「スポーツマン」細野晴臣
「コーヒー・ルンバ」小林泉美
「In My Jungle」F.O.E.
「Sun Bathing」井上鑑、佐藤博、松任谷正隆(Seaside Lovers)
「Say Goodbye」佐藤博
「Drip Dry Eyes」高橋幸宏
「Bamboo Vender」高中正義
「Lady Pink Panther」鈴木茂
「ミコノスの花嫁」細野晴臣、石川鷹彦、松任谷正隆
「L.A. Night」阿川泰子
「エキゾティック横顔」当山ひとみ
「待ちぼうけ」豊島たづみ
そして、その当時の雰囲気をさらに盛り上げてくれるようなアルバムのジャケット・デザインは、大瀧詠一の『A LONG VACATION』でもおなじみの永井博氏のイラストであるのが心憎い。
今、欧米ではヨット・ロックの人気と同時に、日本のシティ・ポップが音楽ファンの間で大人気だ。中でも山下達郎や竹内まりやのレコードなどは、とても高値がついているというくらいに人気が沸騰しているという。
そのような中でリリースされたこのアルバムは、アメリカの音楽ファンにとっては、なかなか手に入らなかった音源を手にすることができるチャンスであろう。
そして、この時代を知らない今の日本の若者にとっても、「この時代にこんな音楽があったんだ!」という新鮮な驚きと発見になるに違いない。
一度は色褪せたかのように思えた、1970年代から1980年代の日本のシティ・ポップが、今アメリカですくいあげられたことによって、今とても新鮮に響くことが驚きだ。
この時代をリアルタイムで過ごした世代の日本の音楽ファンにとっては、キラキラしたあの時代がよみがえるとともに、新たな発見もある1枚になるだろう。
佐藤奈々子「サブタレニアン二人ぼっち」
阿川泰子「L.A. Night」
鈴木茂「Lady Pink Panther」
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