「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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2014年になって日本でも聴くことができるようになったモップスの「ブラインド・バード」

1967年11月5日に「朝まで待てない」でデビューしたザ・モップスは、日本で最初にサイケデリック・サウンドを打ち出したバンドだ。 モップスはは1980年代になっ…

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中島みゆきが「タクシードライバー」という歌の中に取り上げた「アローン・アゲイン」

「アローン・アゲイン(ナチュラリー)」は、アイルランド人のシンガーソングライター、ギルバート・オサリヴァンの楽曲。1972年にリリースされると、口ずさみやすいメ…

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「群青色の朝」と「鈍色の雨」という言葉で始まった日本語のロック~はちみつぱい「塀の上で」

2000年夏、「5人で歌う、5人の“ビューティフル・ソングス”」というキャッチコピーがついたコンサート、「Beautiful Songs(ビューティフル・ソング…

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デュアン・オールマンはなぜウィルソン・ピケットを説得して「ヘイ・ジュード」をカヴァーさせたのか?

ビートルズの18枚目のシングル「ヘイ・ジュード」は1968年8月末に発売されると、9月28日には全米チャート1位になって9週間連続で首位の座をキープするという大…

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岩谷時子にとって懐かしのレコード~宝塚時代の越路吹雪が可愛らしい声で歌った「ブギウギ巴里」

越路吹雪と岩谷時子は40年近くもの間、お互いに深い友情で結ばれていた。 昔から女同士の友情は成立しないとか、長くは続かないとよく言われていたものだが、二人は宝塚…

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岩谷時子に魂を入れてもらって誕生したザ・ピーナッツの名曲「ウナ・セラ・ディ東京」

作曲家の宮川泰はザ・ピーナッツのために書いた「東京たそがれ」という曲が、実はあまり好きでなかったという。 最初にこの曲を作り始めたときは、とにかく暗いメロディで…

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「ガラスのジェネレーション さよならレボリューション」〜新しい時代の新しい音楽が聴こえてきた瞬間

レコードを聴くときの喜びは、まずジャケットのビジュアルから始まる。そっとレコード盤を取り出して、歌詞カードを目にしながらターンテーブルに載せる。最初の1行の歌詞…

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ニュースが不況を喋い、ジングルベルに街がうき足だった夜~甲斐バンド「かりそめのスウィング」

ビート・ジェネレーション以降のアメリカを代表する作家のチャールズ・ブコウスキーの「Charlie, I’m pregnant(チャーリー、私は妊娠している)」と…

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フランスに生まれた反戦歌の「大統領殿」をフォークル時代から歌い継いできた加藤和彦

2002年に、ザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)の大ファンだったTHE ALFEEの坂崎幸之助を加えて、加藤和彦と北山修が新たなフォークルを結成したのは、…

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ザ・フォーク・クルセダーズと加藤和彦に発見されて、新しい生命を吹き込まれた寺山修司の「戦争は知らない」

「戦争は知らない」は、稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲である。 幼い頃に父を戦争で亡…

悲しくてやりきれない

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「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ

ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は、シングル盤が発売される前日、東芝レコードの判断によって発売中止が決まった。 レコードは店頭に並ぶことなく回収されて…

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発売中止になったフォークルの「イムジン河」は国境を越え、時間を超えて日本人の歌になった

1967年のクリスマスにレコードが発売されたシングル盤の「帰って来たヨッパライ」が驚異的なヒットを記録し、京都のアマチュアだったザ・フォーク・クルセダーズは日本…

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