「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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「遠くへ行きたい」~わかりやすい話し言葉で人の気持ちを伝える歌を残した永六輔

20世紀はラジオやテレビといった放送メディアが発展したことや、レコードの製造や再生機の普及などによって、音楽の表現領域とその影響力が大きく拡がった。 そんな時代…

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発売禁止にならないように計算されていた頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」~〈吐きすて〉の歌の系譜③

タイトルからも想像がつくように「ふざけるんじゃねえよ」は、詞も曲もサウンドもパンクそのものといって過言ではない。 社会に対するストレートな異議申し立ては、まさに…

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研ナオコの「あばよ」は新人シンガー・ソングライターの中島みゆきが初めて他者に提供した作品

ヤマハが主催する第9回「ポプコン」(1975年)で「傷ついた翼」で入賞したことから、北海道のアマチュアでは知られる存在だった中島みゆきに、メジャーのキャニオン・…

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まだ無名だった阿久悠が「黒い花びら」から受けた衝撃と作詞家への可能性

日本の音楽史に残るエポックメイキングな歌の「黒い花びら」は、1959年7月に公開されたロカビリー映画『青春を賭けろ』の挿入曲で、新人の水原弘が歌って第1回日本レ…

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シンガー・ソングライターとしての魅力と可能性が試された「返事はいらない」

ビートルズの来日公演から数年ほどが経過して、「ニュー・ミュージック」と呼ばれる歌が登場してきた。 マスメディアの一部で使われ始めたその言葉は、サウンドからも歌詞…

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やがてバンドを去ることになるブライアン・ジョーンズの嗚咽のように聴こえる「ルビー・チューズデイ」

「ルビー・チューズデイ(Ruby Tuesday)」は1967年1月、「夜をぶっとばせ(Let’s Spend The Night Together)」とのダブ…

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ミシェル・ポルナレフの「愛の休日」で衝撃を受けたユーミンが身につけた視点と浮遊感

日本でミシェル・ポルナレフが有名になったのは、1971年に発売した「シェリーに口づけ」が、歌謡曲に混じってチャートのベストテンに入るほどヒットしたからだ。 さら…

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ウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』の主題歌としてヒットしたフェイ・ウォン「夢中人」

1994年に公開されてから30年が経った今でも、90年代におけるアジアン・アート・フィルムの傑作として名高いのが、ウォン・カーウァイ監督による香港映画『恋する惑…

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いつの日にか、いつの日にか、自由に歌えるさ~アイ・シャル・ビー・リリースト

2014年4月19日に東京のシネスイッチ銀座で公開された映画『チョコレートドーナツ(原題・ANY DAY NOW)』は、連日満席のヒットとなって評判が口コミで伝…

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ビッグピンクの地下室から生まれたボブ・ディランとザ・バンドの「アイ・シャル・ビー・リリースト」

ザ・ホークス(後のザ・バンド)のロビー・ロバートソンが、知人の紹介でボブ・ディランと会ったのは1965年のことだった。 ツアー・バンドのギタリストを探していたデ…

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ロビー・ロバートソンが自伝で明らかにした「ザ・ウェイト」誕生の経緯と、”ナザレス”という歌詞が意味するもの

ザ・バンドの「ザ・ウェイト(The Weight)」は1969年に発表された当時から、歌詞が難解だという声が多く、言わんとすることがよくわからないとも言われてき…

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戦後の焼け跡に生まれたメッセージ・ソング「星の流れに」を継承した美輪明宏と「ボタ山の星」

1947年といえば、終戦から2年後が過ぎたものの、GHQの統治下にあって復興にはまだほど遠かった。そんな時期に東京日日新聞の投書欄に、満州で両親を失って命からが…

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