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夏の終わりにピニャコラーダ ――ルパート・ホームズ「エスケイプ」

2016.08.25

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「宇宙よ、これがヒーローか。」

 2014年、そんなキャッチコピーのもと公開された映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。マーベル・コミックに登場する同名のヒーローチームを描いたSFアクション大作だ。
 凶暴なアライグマの姿が記憶に残っている人は多いことだろう。声を演じたのはブラッドリー・クーパーだった。


 はみ出し者たちが力を合わせて悪と戦う冒険活劇。王道ながら、落ちこぼれヒーローたちのユニークなキャラクター、ウィットに富んだ台詞の応酬、大胆でスピーディーな展開で、予想を超えていく。斬新かつ愛すべきエンターテインメント作品だ。

 とりわけ話題を呼んだのが、その音楽だった。主人公ピーター・クイルはいつもソニーのウォークマンを腰にぶらさげ、母親からもらったミックステープ「AWESOME mix vol.1」を聴いている。

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 別れ、戦い、恋の予感。みどころはすべてこのテープが盛り上げる粋なつくり。mixには70年代のロックやソウルがちりばめられている。いわゆる“懐メロ”満載で、その世代に青春を謳歌した人にとっては「涙なくして観られない」と話題になった。
 物語の中盤、ピーターが刑務所を脱獄する瞬間を、バカンスの香り漂う曲が演出する。ルパート・ホームズの「Escape」だ。1979年に発売されたアルバム『PARTNERS IN CRIME』に収録された「Escape」は、シングルカットされて全米NO.1を記録。日本でもヒットした。
「The pina colada song」とも呼ばれるこの甘い曲は、もちろん脱獄がモチーフではない。日常からの脱出をこまやかに描いたラブストーリーだ。


 主人公は、長年連れ添った恋人に飽き飽きしている男性。ある日彼女が寝ている間に新聞を読んでいたら、ひとつの読者投稿が目に入る。

「ピニャコラーダと
雨に濡れるのが好きで、
ヨガには夢中になっていなくて
そんなに頭が悪くはなく、
岬の砂丘で、真夜中に
愛し合いたいと思ってる。
もしあなたがそんな人なら、
私こそが探し求めている相手です。
お手紙ください。エスケイプしましょう。」


 これを読んだ彼は、新聞社に連絡して投稿する。

「僕はピニャコラーダも
雨に濡れるのも好きです。
健康食品にはあまり興味がなく、
シャンパンのほうが好き。
明日のお昼までに会いませんか。
決まりきった日常におさらばして、
O’Malley’sっていうバーで
僕らの脱出計画を練りましょう。」


ところが翌日、物語は意外な方向へ進んでいく。

ワクワクしながら待っていたら、
その人が現れたんだ。
僕は彼女の笑顔を知っていた。
顔の輪郭まで知っていた。
なんと、それは僕の恋人だったんだよ。
「あら、あなただったの」と彼女。
少しのあいだ笑い合って、
僕は言ったんだ。「知らなかったよ」って。

君がピニャコラーダと
雨に濡れるのが好きだったなんて。
海の気分やシャンパンの味が
好きだったなんて。
もし君が、岬の砂丘で
真夜中に愛し合いたいなら、
君こそが僕の探し求めている女性だ。
おいで。一緒にエスケイプしよう。


 倦怠期を迎えたカップルの“脱出”が描かれている。女、男、そして最後は2人で。
 ルパート・ホームズは、イギリス生まれのアメリカ育ち。サックス奏者の父親の影響を受けて早くから音楽の道を志し、ニューヨークのマンハッタン・スクール・オブ・ミュージックで学んだ。作曲家としてスタートした後、1974年に歌手デビューを果たす。やがて、ブロードウェイの舞台やハリウッドの映画で、シナリオライターとしても活躍。カップルのドラマを描いたこの曲にも、ストーリーテラーの才能が感じられる。

 1994年にリリースしたアルバム「SCENARIO」に、ルパートはこんな言葉を寄せた。

激しく心を揺さぶられた時
どんな風に感じたか思いおこせばいい
胸のうちに秘めた感情を
失敗の数々を
それらすべてが三分間のワルツに変わる……
歌をつくることに代えられることは何もない
“Nothing To Writing A Song”

ここ数年、私はブロードウェイの舞台やハリウッドの映画のために、かなり大きな、とても長い物語を書いてきました。しかし、だからといってあの最初の喜びを忘れたわけではありません――三分間の音の物語を書き、歌う喜びを。自分の想像力を駆使して誰も知らない人生についての映画のシナリオを書き、歌う喜びを。
(アルバム「SCENARIO」より引用)


 ルパート・ホームズは歌詞にシナリオを描く。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』で「Escape」が流れたとき、「懐かしい、この曲は……」などと思い出して胸熱くなる人がいるのは、そこに物語があるからなのかもしれない。

 きれいなオチももちろんだけれど、ほのかに漂う異国の香りがこの曲の魅力だ。漂わせるのは、やはり「ピニャコラーダ」。そのロマンティックな響きにちがいない。のびやかに「ピニャコラーダ」と発音されたとき、「あぁ、どこか遠くへ行きたい」と、憧れの風景がふわりと心に浮かぶ。それは南国のビーチであったり、広大な砂漠であったり、カラフルな街角であったりする。映画やドラマにおける小道具のように、この言葉が味わいをもたらすのだ。
 ピニャコラーダは、スペイン語で“パイナップルの生い茂る峠”という意味。ラムをベースに、パイナップルジュースとココナッツミルクをシェイクしたトロピカルドリンクだ。このカクテルで渇いたのどを潤し、過ぎてゆく夏を惜しみたい。

★ピニャコラーダのレシピ
【材料】
パイナップルジュース 80ml
ホワイトラム 30ml
ココナッツミルク 40ml

【作り方】
材料をミキサーやシェイカーで撹拌し、氷(できればクラッシュドアイス)を入れたグラスに注ぐ。好みで、カットしたパイナップルを添えて。

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