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タンゴ発祥の地はフィンランド? 映画『白夜のタンゴ』をめぐる波紋の真相

2024.03.13

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フィンランドといえば、ロシアとスウェーデンという大国に挟まれながらも、威圧を巧みにかわして、我が道を貫いてきた北欧の小国。

その背景には国民の教育水準の高さと負けん気の強さにあるという。

携帯電話「ノキア」や、10万年先の地球を見すえた原子力廃棄物処理場「オンカロ」も、この国が誇るテクノロジーであると聞けば、この国の独創性がわかるというものだ。

その国で「フィンランドのクロサワ」の呼び声高い映画監督に、『マッチ工場の少女』(1990年公開)などユニークな作風で知られるアキ・カウリスマキがいる。
その男が、しかめ面でスクリーン・カメラに向かってぼそりぼそり、ぼやくのである。

「俺は怒ってるんじゃない。いや、ちょっと怒っているといってもいいかもしれない。
アルゼンチン人はタンゴの起源を完全に忘れちまってる。スキーやサウナと同じように、タンゴはフィンランドで生まれたものなんだ」


音楽ドキュメンタリー「白夜のタンゴ」(監督:ビビアン・ブルーメンシェイン 2014年公開)はこんな挑発的な発言から始まる。

タンゴはアルゼンチンの音楽。たいがいの人がそう信じている。まして、タンゴこそ我が国の誇りと信じているアルゼンチン国民が、発祥の地はフィンランドなどという話を聞いて黙って引き下がれるはずもない。

ならばと、立ち上がった生粋のアルゼンチン・タンゴのミュージシャン三人組が、「フィンランド、タンゴ起源説」の根拠をたしかめるべく、フィンランドに乗り込むという筋だて。むろん楽器をたずさえ、セッションで白黒つけてやろうという構えである。

三人を待ち受けていたのは、はじめて見る北半球の大自然。森と森の間に、まるで製図のロットリングで引いたような一直線の道がはてしなく続く。交通標識もなく、あたりには人っこひとりいない。迷ったら間違いなく遭難。

地球上で最も携帯電話が必要とされたのは、なるほどこの国であったのかと納得がいく。
「いったいなんて国なんだ、この広さに人口550万だと」
アルゼンチン男はひろびろとした蒼い空を見上げて、ため息をつくのである。

たしかに直情型と理性型、性格からいっても正反対の国ではないか?

まして、歩けば肌がすれあうようなブエノスアイレスの雑踏の巷から生まれたはずのタンゴが、こんなだだっ広い場所で棲息してゆけるはずもない。

ところが、あにはからんや、あったのである。フィンランド語で歌われる折り紙つきのタンゴが。
夜の10時になってもまだ明るい白夜の国、フィンランドに!
リズムも音律もまぎれもなく同じ。ダンスこそ心もちおとなしめだが、ノリはアルゼンチンにまったく引けをとらない。

フィンランド人とアルゼンチン人。カタコト英語は何とか通じるが、そんなものより、音で伝えるほうが手っ取り早い。たった一度のセッションで、いっぺんにわかりあうことができる。音楽のすばらしさはそこにある。

セッションの旅を続けるうち、3人はフィンランド・タンゴの金字塔のような国民的英雄、レイヨ・タイパレにたどりつく。

彼は年間50ステージを数える大歌手だが、おそらく彼の名も顔もフィンランド人以外に誰も知ることはない。
日本でいうなら、三波春夫とも言うべき国民的歌謡歌手で、本物の白夜のもとでの彼とのセッションは、アルゼンチン3人組をうっとり酔わせるほどの迫力で、この映画のクライマックスを盛り上げる。

ところで、「1850年代、フィンランド東部で生まれ、船乗りたちによってウルグアイ経由でアルゼンチンに伝えられた」と断言するアキ・カウリスマキ説の根拠は何処にいったのか?

この映画で、いずれおとらぬ両国のタンゴの魅力に酔わされるうち、発祥地探しなどもうどうでもよくなっていることにふと気づかせられる。

遊ばせ上手の曲者、アキ・カリスマキ監督にまんまとのせられたのか、いやいや、知らぬ間に、あなたは白夜の森に隠れ棲むという妖精に魔法をかけられたのかもしれない。




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