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「第三の男」~アントン・カラスの熾烈な戦い~

2024.09.02

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「第三の男」は、第二次大戦終結4年後の1949年に制作され、同年カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得。「映画史上最高傑作」と讃えられる英国映画。

監督はキャロル・リード、原作は英国作家のグレアム・グリーン。小説家は「この作品は、読んでもらうためではなく、見てもらうために書いた」と言っているように、まずは映画ありきの作品だった。

ウィーンはオーストリアの首都。650年の長きにわたってヨーロッパに君臨したパプスブルグ王朝は、ウィーンを拠点として多くの芸術文化を生み出してきた。

しかし、第一次対戦を前後として王朝は勢いを失い、ついにこの王朝は崩壊した。第2次大戦ではナチス・ドイツに侵略され、王朝が築きあげた芸術の都ウィーンは見るかげもなく、瓦礫の山と化し、人々の心はうちひしがれていた。

物語はアメリカの小説家、ホリー・マーチンス(ジョセフ・コットン)が、旧友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)から「ウィーンに来ればうまい話がある」と誘われ、半信半疑でこの地に足を踏み入れるところから始まる。

駅に迎えに来るはずのハリーの姿はかき消すように消え、待ち受けていたのは自動車にひかれて死んだハリーの葬式だった。そして埋葬地に駆けつけたホリーの前に姿を見せる謎の英国の軍人キャロウェイ少佐……。

サスペンス映画の筋立てながら、この作品には1948年のアメリカ・ソ連・フランス・イギリスによって分割統治され、主権までも奪われていたウィーンの戦争の傷跡を、しっかりとフィルムに収めるというリアリズムが息づいている。

オーソン・ウェルズの辛辣な皮肉


そのきわめつきが、オーソン・ウェルズ扮するハリー・ライムに語らせた名台詞。

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は、戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」


この辛辣な言葉は、歴史に残る名台詞として語り草となった(この台詞は原作にはなく、オーソン・ウェルズの自作自演であったという説がある)。

そして「第三の男」といえば、「ハリー・ライムのテーマ」として一世を風靡した旋律がある。それが生まれるまでには、秘められたエピソードがあった。

キャロル・リードがアントーン・カラスに会ったのは、ウィーンの森近く、グリンツイングの町にある一軒の「ホイリゲ」(ワイン・バー)だった。

カラスは音楽学校で学ぶかたわら、学費の足しに、その店でチターを弾いていた。チターは古楽器の趣を残す特異な形を持ち、歴史は古く17世紀まで遡る。

「ホイリゲ」のほの暗い光のなかで、アントーン・カラスが毛布の包みを解くと、見たこともない箱型の楽器が現れる。左手の指で弦を抑え、右手の人差し指と中指に鉄製の爪をはめると、前ぶれもなく、強くはじいた。

その深みのある金属音の響きに心打たれ、リードはこの音にすべてを賭けてみようと心に決めた。

「ぼくの映画のために曲を書いて欲しい」


思いもよらない申し出に、カラスは戸惑うが、残り時間は限られていた。こうして始まった、言葉もまったく通じないふたりの共同作業は困難を極めた。

カラスはリードの前で、知っている限りのチター曲を弾き、譜面に書き起こし、リードが取捨を決めてゆく。途方もない作業が連日続くなか、グランドピアノの上には白い五線紙の反故(ほご)がうず高く山となり、カラスの指は固い弦でめくれ、血をにじませていたという。

さらに弾きつづけ、もうこれでだめだと観念した瞬間、あの不滅の数小節がカラスの指先から放たれたのだ。

「それはたった10秒たらずの出来事だった」と、当時の地元の新聞は書いた。

「この音だ! これが1949年のウイーンの音だ!」と、リードは声をあげたという。

映画全編にわたってカラスの曲を還流させるという、リードの試みはこのように完成を見たのだ。

「映画音楽は足し算じゃない。掛け算だ」


言いえて妙である。これは「七人の侍」など、映画音楽の達人と言われた黒澤明にそんな名言がある。



参考資料:
「第三の男 誕生秘話」内藤敏子著 有限会社マッターホルン出版
「滅びのチター師」軍司貞則著 文芸春秋社


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